伝統って、それなりに意味があるから残ってるのだ。

By: Kazusei Akiyama, M.D.

Angels. Hann. Münden. ©Caju 2019


2019年10月

伝統って、それなりに意味があるから残ってるのだ。

このコラムの24人の読者様、ご無沙汰してます。8月は私用のため、9月は学会のため2ヶ月も休稿してしまいました。すみません。筆者は「国際日本漢方医学学会(註1)」の正会員なので、2年に1回ある総会+シンポジウムに出席したのですが、そこで派生として考えた事をひとりごとします。今回の学会のテーマはConnecting Tradition, Scientific Evaluation and Individual Patient Careでした。近年WHO(世界保健機関)はいわゆる西洋医学でない医療行為を日常的な医療行為に採り入れる事を推奨してます。その政策の内、特に重点をおいているのが「伝統医学」です。日本の場合、漢方医学がその伝統医学にあたります。昨今、西洋医学のみの医療では治療の効果の限界が見えてきている事や、その弊害や高額なコストなどの問題のため、WHOとしては元々各地域で生まれた医療行為を評価するのが重要と位置づけるに至ってます(註2)。伝統医学が元の地域で西洋医学ベースの医療システムに統合されているかどうかは別として、その地域の文化と関係ありますので価値観や言語の齟齬はありません。しかし、元の地域以外で展開するとなると色んな問題が出てきます。今回筆者が学会へ持っていった話は、異文化にて他の地域の伝統医学を展開する場合の用語の翻訳に関する困難や注意点でした。

間違った訳で、ある知識を広めてしまうと、意味不明になったり、その用語の概念が間違っていたりし、理解するのが困難になることが多々あります。東洋医学で例を挙げると、一番目立つのが鍼灸の「経穴」の誤訳です。要するに「ツボ」ですね。これを西洋ではacupuncture point、「刺入の点」と訳されてますので、鍼灸を習得する時に障害になります。経穴を決める時には元の言葉のとおり、ツボ、つまり穴、凹みを触診で探ります。この行為が重要なのですが、「点」にしてしまうと、ツボの概念が皮膚の表面的になってしまい、見つけるのに支障がでます。困難な例を挙げると、日本語をローマ字表記する場合アメリカ英語が元になっているヘボン式を採用しますので、アメリカ人が読むと元の日本語の音になりますが、発音が違うラテン系言語で発音すると全く違った音になってしまう事があります。「漢方(かんぽう)」のkampoが「かんぽ」に、「証(しょう)」がsho「しょ」なってしまうのも学習する上での困難例でしょう。灸に使う「艾(もぐさ)」に至っては全然判りません。これもアメリカ人が聞いた音をmoxaとローマ字化したのですが、ポルトガル語読みにすると「もっしゃ」になってしまいます。西洋で広く使用される同じローマ字でも言語によっては発音が違う問題ですね。

伝統的な知識を国外に持っていく場合の問題と反対に、元々あった伝統を後発の文化や知識が蹂躙する問題もあります。正に漢方医学がその例で、江戸時代までは正規の医療を担っていたのが明治の文明開化で禁止されてしまいました(註3)。近代化する日本の現状に合わない(軍隊などで、大量に医療行為を実施するには西洋医学の方が向いていた)事もあったと勘案しますが、それ以上に日本固有の習俗を「旧習」や「悪弊」などと位置づけた明治政府の日本の西洋化にのまれてしまったのです。脱亜入欧がこの時に始まった訳ですが、東洋発祥の漢方医学は特に否定されたのです。このタイプの問題で最近考えさせられたのが、今月日本で行われる新天皇即位に関する「大嘗祭」、新天皇が行う一世一代の儀式です。この儀式で「麁服(あらたえ)」と呼ばれる斎服が使用されます。これは麻、つまり大麻が原料の繊維で作られます。そう、1948年に進駐軍主導で導入された大麻取締法で規制されている「悪名」高い大麻です。この法律は脱亜入欧というより、敗戦国だったのでアメリカの言う事を聞いたといえるのでしょう。元々麻は日本の文化に古くから存在し、生活に役立っていました。その主たる証拠が麁服であることは疑いがありません(註4)。神事なので当局からは「ダメ」とは言ってないようですが、日本人にとって大麻は大昔から身近にあるもので(註5)なんら問題のあるモノでは無かったのです。

『伝統は意味があるから残ったり、世代を通じて洗練されたりした先人の知恵であると思う。進化しているからと、新しいモノが常に良いものとは限らない。欧米のモノの方が良いとは限らない。伝統は欲しくて入手できるものではないし、造ったらできるものでもない。日本には昔からの良いモノがいっぱいあるので簡単に遺棄しないで欲しいぞ。』

大麻に関しては2014年2月に「合法化の方向なのだろう、やはり。」という題名でひとりごとしてますので、あわせてご覧ください。


  • 註1:International Society for Japanese Kampo Medicine、本部ロンドン。
  • 註2:最近のWHOが使用している名称が「Traditional & Complementary Medicine」です。Traditional Medicine伝統医学が外国で使用されるとComplementary Medicine補完医学として統合される、と言う意味ですね。
  • 註3:1875年に医師開業試験科目として漢方医学は除外された。
  • 註4:衣類の他に、食用(油、薬味など)、薬用(麻子仁、明治時代の喘息の薬など)、神事(しめ縄、おおぬさなど)、漁具(舫い、網など)、生活用品(紙など)があげられる。また、日本特有の意匠として「麻の葉模様」がある。
  • 註5:簡単に発育し、成長の早い一年草であるため、農家の重要な収入源であった。