ブラジル医療事情:電子処方箋の扱い方

Sailor. São Paulo. Caju©2015

By: Kazusei Akiyama, MD


ブラジルの医療事情(8)ー 「電子処方箋の扱い方」

当地では以前より遠隔医療の整備が議論されてきてました。コロナ禍がこの整備を一気に加速させ、その一環として電子処方箋が普及してます。電子処方箋には医師の電子署名が付与されますので、法的に直筆署名の処方箋と同じ法的効力があります。ブラジルには四種類も医療用処方箋がありますので、その特徴などはこちらをご覧ください。

現在、CFM(Conselho Federal de Medicina, 連邦医師評議会)のアプリを始め、memed、eleve、HiDoctor、Receita Digital、Doutor Prescreve等、色んな企業が参入してます。当院でもオンライン診察などで使用しているmemedを例に電子処方箋の利用方法を説明します。

電子処方箋の名称:ポルトガル語では「Receita Digital」、発音は「ヘセイタ・ジジタウ」、または、「Prescrição Eletrônica」、発音は「プレスクリソン・エレトロニカ」。

電子処方箋は携帯電話(スマホ)に送信されます。ご利用いただくには、お名前以外に、

  • 「SMS受診可能なブラジルの携帯電話(スマートフォン)番号」
  • 「CPF、ブラジル納税者番号」
  • 「住所(抗生剤など用の2毎綴りのReceita Controle Especialを発行の場合必須)」

のご用意が必要です。パソコンに電子メールとして受信する事も可能ですが、どのみち携帯電話番号は必須です。パソコンで受信した場合、処方箋を印刷する必要があります。

以下の図が携帯電話画面です。

医師が処方箋を発行すると、患者さんの携帯電話SMSアプリに次のメッセージが入ります(図1、図2)。

図1 携帯待ち受け画面

図2 SMSアプリのメッセージ

 

初めて使用する場合、承認確認画面があります。利用者の個人情報をアプリ運営会社と共有する場合「Aceitar e continuar」をクリックして続けます。共有しない場合は「Continuar sem compartilhar」をクリックして続けます(図3)。個人情報の共有は適当な薬局やセールの提案のためです。必須ではありません。

図3 初回のみ処方箋アプリ利用承認画面

 

処方が出てきます。(図4)。

図4 処方画面

 

処方箋の電子認証の有無、医師名と患者名の確認をする場合、画面の「+Ver detalhes」をクリックします。すると、ユーザー確認画面が出てきます。ここで、現在使用している携帯電話番号の下4桁の数字を入力し、「Confirmar」をクリックします(図5)。

図5 ユーザー確認画面

 

処方箋の電子認証の有無、医師名と患者名の確認が出てきます(図6)。この確認作業は必須ではありません。

図6 処方箋の確認画面

 

図4画面を下にスクロールすると、QRコードが出てきます。これを薬局に提示する方法が一番簡単です。(図7)。

図7 処方箋のQRコード

 

携帯電話を薬局に持参したくない場合は、処方箋を印刷して提出する事もできます。図4あるいは図7の「Baixar receita」をクリックすると図5のユーザー確認画面になります。ユーザー確認すると処方箋ダウンロード画面がでてきます(図8)。「ダウンロード」をクリックし、「OK, entendi」をクリックして終了します。ダウンロード先は各々のスマホで事前設定された場所です。

図8 処方箋ダウンロード画面

 

印刷用のダウンロードされた処方箋は次のような書類です(図9)。

図9 一般処方箋(Receita Simples)

 

抗生剤や抗うつ剤など2通のContole Especial処方箋の場合はこの印刷用です(図10)。

図10

 

以上が秋山一誠診療所発行の電子処方箋の扱い方です。不明な点はお問い合わせください。(電子処方箋発行アプリmemedの画面は2024年10月現在のものです)

ブラジル医療事情:薬の購入

Collection. Jaguariúna. Caju©2007

By: Kazusei Akiyama, MD

ブラジルの医療事情(7)ー 「薬の購入」 {2024年11月改稿}

当地は医薬分業が基本システムなので、医師に処方されたお薬は原則院外薬局で購入することになります。ブラジルの薬局は本来医療システムの一部といった考え方であるべきなのですが、完全に商業ととらえられています。したがって、うっかり信用すると、その「お店」の利益になる商法に巻き込まれたりします。

薬には「先発品」と「後発品」があり、さらに後発品には「類似品(medicamento similar)」と「ジェネリック品(medicamento genérico)」があります。先発品(medicamento de referência)とは初めてある薬物の認可をとったもので特許が切れたものがベースとなり後発品が生産されます。ブラジルでは類似品に落とし穴が多く見られ、注意が必要です。類似品は「先発品と同じ成分ですよ」と当局に申告するだけで認可されますので、審査が厳格とはいえません。その点ジェネリック(ブラジル名GENERICO)は減税の対象となるため、「先発品と同じ効き方である証明=溶出試験や生物学的同等性試験など」が必要であり、審査も厳格で、品質は信頼に足るものといえるべきです。しかし、2002年以降、政府や当局の汚職のため品質の担保が必ずしもあるとは言えない残念な状況です。ジェネリック医薬品を使用する場合は必ず担当医に確認する必要があると考えます。

ブラジルではネットで通販部門も出しているような大手の薬局をお選びいただくことをぜひお勧めします。悪質な薬局では「同じですから」といって類似品を売ったり、「これしかありません」と用量以上の数量を出したりと色々トラブルが絶えません。サンパウロの薬局では薬剤師が常勤する義務があり、それらがカウンターで販売員をしている事がありますが、それでも出されたお薬を鵜呑みにしてはいけません。当地は責任をもって仕事をしている事があまりないので、購入者自身も商品を確認する事が大事です。


 

 

 

ブラジル医療事情:入院の仕方

 

Otomemaimai (Trishoplita goodwini). Yoshino-cho. Caju©2009

By: Kazusei Akiyama、MD

ブラジルの医療事情(6) ー  入院 {2024年11月改稿}

海外で病気の治療を受ける中でも、入院は一番不安とストレスが伴うものです。理由は二つあります。一つは入院という自宅で療養できない、または手術が必要など健康状態が著しく悪化している状態であること。二つ目は数ある医療行為の中でも、一番費用がかかり、時間が長くかかる治療だからです。今回は入院の問題について解説します。

入院をするにはまず医師の診断入院指示があります。これは個人オフィスの専門医の場合と病院の救急部門の場合が考えられます。救急部門で入院と診断された場合は、もちろんその病院に入院することになります。そのため、この様な場合に重要なのはどの病院に駆け込むか、ということです。ブラジルでは医療機関はピンからキリまでありますから、ちゃんとした病院でないと後々大変です。専門医の場合は、使い慣れた病院や、実施する手術の技術的な環境が整った病院などを選択することが多いようです。また、以前にも書いたように、使用する医療保険により、病院の制限があることがあります。これは特にブラジル国内で加入されるconvenioと呼ばれる保険の提携診療に多く見られます。

手術をする病院が決まったら、医師の入院指示書を持って病院の入院受付(setor de internação)に赴きます。そこで、カルテの作成や使用する保険(あるいは自費)の提示、入院同意書、手術同意書などの手続きをします。日本の海外傷害保険などの場合は、それらの保険会社が海外で提携している病院でなければ、全額自費扱いとなり、後日、保険会社から払い戻しを受ける形になります。ここでよく問題になるのが、caução(カウソン)と呼ばれる入院保証金を要求されることです。近年ではクレジットカードで事前支払が多いですが、小切手が使える場合があります。病院が医療提供する時にカウソンを要求するのは法律違反とされています(憲法違憲、消費者保護法違反、など)。が、それでも要求されることが後を絶たないのですが、法廷で争っている時間などありませんので、泣き寝入りになります。具体的には入院内容によりますが、2万レアル程度からの金額の様です。ブラジルの提携保険の場合は入院保証金はありません。

蛇足ですが、この場合病院が足下につけ込んでいるようですが、反対にブラジルでは借金を踏み倒してなんぼのものと考える人たちがかなりいます。特にお金持ちに多くみられるようです。一躍有名なのはコーロル元大統領のご母堂(最終的に入院中死亡)の踏み倒しですが、一国の元最高指導者ですらこの有様です。ブラジルでは裁判所の判決が非常に時間がかかりますので法律違反でもまず自衛を優先するわけですね。

お部屋(基本的に個室)に入ると、看護士の問診、麻酔科医の診察、予備検査、準備などがあります。日系の病院であっても、これらのスタッフは必ずしも日本語ができるとは限りませんので、ポルトガル語が出来ない方はこの場面では通訳が必要と思われます。準備が終わると、麻酔前投薬が行われ、次に目が覚めるとすでに手術が終わっていて、ICU病床や元のお部屋に戻っていることになります。日本に比べて、比較的早く起床させられます。できるだけ早く動いたほうが、特に血栓症など術後の副反応が少なくなるからです。手術の翌日に自分でシャワーを浴びるなど日本人にはびっくりするような行為がありますが、いざやってみると意外にできるものです。また、入院期間も比較的短期間になっています。これは必要最小限の回復を病院でしてもらい、早くベッドを開けることと、入院を長くすることで起こりうる院内感染などの問題を減らすという目的があります。

入院中は検温や投薬、食事の上げ下げなど常時人の出入りがあり、いちいちポルトガル語で対応しないといけないのは大変です。しかし、お世話をしてくれる人たちは、外国人であってもちゃんと会話をしようとする姿勢がありますので、さほど深刻な問題ではないと考えます。ブラジルの病院はホスピタリティと呼ばれる医療以外のいわゆるホテル機能が大変発達してます。特に食事制限がない場合、院内外のレストランから出前を頼むことも可能ですし、時間外の食事に対応してくれたりします。また、付き添い人がお部屋で宿泊できるようにもなっています。そして人員の余裕が有りますので、処置に時間がかかってもいやな顔をされることが少ないように思われます。この優れたホスピタリティのため、出産のように予定される入院でブラジルの病院を選択される方もかなりおられるようです。

ブラジルでの入院中は、多少わがままを言ってみてはいかがでしょうか?


ブラジル医療事情:検査の受け方

Vaccinium sp.. São Paulo. Caju©2016

By: Kazusei Akiyama, MD

ブラジルの医療事情(5) ー 検査の受け方{2024年11月改稿}

今回のテーマもブラジルと日本では随分システムが違います。病院にかかった折に検査が必要となった場合、日本では基本的に診察を受けている医院や病院で検査をします。いわゆる検査の外注は希です。受診中の医療機関でできない検査であれば、適切な検査機関に紹介されますが、検査のみの依頼ではなく、患者さんの診察および精密検査の依頼、つまり転医になります。この様な流れになってますので、医療機関ではある程度検査ができる環境を整えておかなければなりません。このシステムならばどこでも受診すればある程度の検査ができるので便利です。しかし、設備投資に多大な費用がかかり、特に小さな診療所などでは大きな負担になり、そのため、検査費を稼ぐため、不要の検査をする所も出てくるわけです。また、日々進歩する医療検査機器に対応しなければなりません。

ブラジルでは医院レベルの診療科で必須の検査—例えば産婦人科にエコー検査や子宮癌検査など—があるのを除き、検査はほとんど外注になります。このシステムであれば、医院側が設備投資をしなくても常に最新、最善の検査で診療を進めることが可能です。また患者さんが主治医を変えなくても良いのも利点です。もっとも、検査機関まで移動する必要がある、という難点はありますが。

ではどのように検査を受けるのか?

「腹痛で内科医を受診」した例で解説してみます。まず診察を受けます(診察の受け方は前編参照)。検査が必要であると医師が判断した場合、検査指示書が出ます。この例の場合、血液検査、尿検査、大便検査、上腹部エコーの指示が出たとします。検査によっては時間の予約が必要ですので、担当医と検査機関についての確認をします。また、保険の種類により、使用できる検査機関の制限あるいは事前許可がありますので、保険会社と確認が必要です。一般的な血液検査や尿検査は予約は不要ですが、一定の条件(絶食の時間や検体採取時間帯の制限、付添人の有無など)が満たされていないと検査ができず、出直さなれればならなくなりますので、これらの検査の条件も確認します。そして、検査機関をどこにするかを担当医と相談します。

さて、必要条件を満たした上で予約のとおりに決められた検査機関に行きます。そこでもまず、カルテの作成があります。名前や住所、CPF(ブラジル納税者番号)の他、服用中のお薬やアレルギーなどの質問があります。ちゃんとした検査機関では医師が常勤してますので、分からなければ主治医と連絡を取るなど対応してくれます。カルテ作成時に結果の渡し方について尋ねられます。数字だけの結果であればインターネットで閲覧するのが一般的ですが、写真など画像がある場合、後日取りに行くか、配達を依頼するか決める必要があります。支払はカード使用が一般的です。

カルテができると、待合室に案内され、名前を呼ばれたら採血の部屋に入り、本人確認があります。採血が終わったら確かに採血しましたといった旨のサインをし、採尿と検便のキットを渡され、採取場所(トイレなど)に案内されます。採ったものを返せば次はエコーですが、大便が採れなかった場合、後日持参でも構いません。エコーの待合室で呼ばれたら更衣室で検査用の衣類に着替え、検査室に行きます。エコーが済めば、検査終了です。

検査は往々絶食状態で受けるので、検査後用に軽いスナックや飲み物が無料で用意されている検査機関が多いです。いつ検査結果ができ上がるのかは、カルテを作った時点で提示されますので、それ以降に検査持参で指示を出した主治医の再診を受けます。

血液検査や簡易な画像や機能検査は自宅まで来てくれるサービスもあります。それほど急を要する検査ではない場合や慢性疾患の定期検診の場合などでしたら検査機関まで出向く必要がなくなります。このようなサービスも上手に使ってみてはいかがでしょうか?

ちなみに総合病院では検査の方法は日本と同じシステムですが、外来がない病院もあり、その場合は医師のオフィスに出向く必要があります。また、救急部門では必ずしも気に入った医師が勤務しているとは限りませんし、毎回同じ医師に当たるわけではありません。専門医院と総合病院、どちらを選ぶかは患者さん次第です。


ブラジル医療事情:診察の受け方

Bolinhas. São Paulo. Caju©2004

By: Kazusei Akiyama、MD

ブラジルの医療事情(4) − 診察の受け方 {2024年11月改稿}

このシリーズの一回目で記載したように、ブラジルの医療システムは日本と違う点がかなりあります。今回は実際の診察の受け方について解説しましょう。ポイントは4つ。まず一般的に予約制であること、次に自由診療保険診療が混在すること、診察時間や再診の仕方が異なること、そして支払い方法が異なることです。では腹痛で受診するといった例で診察の流れを解説します。

最初に診察の予約を取ります。一般的には電話またはSMSを使用します。日本語可の診察機関もあれば不可の場合も有りますが、専門性が高い医療機関ほど不可の傾向が強いようです。また、専門性の高い診察ほど、会話の内容も高度になりますので、通訳の手配が必要になる場合が多いです。

予約で尋ねられるのは、氏名、年齢、紹介元、連絡先、などの他、自由診療(パルチクラール particular、直訳すると私費診療、自費診療)か保険診療(コンベニオ convenio 、直訳すると提携診療)かを尋ねられます。医療報酬の請求の仕方が異なり、自由診療では医療費を患者さんに請求し、提携診療では直接保険会社に請求するためです。したがって提携診療はゼロ割負担になります。しかし、提携診療の方が医療報酬が圧倒的に少ないため、時間や曜日の制限が見られます(早い話、診察が短いわけです)。この傾向はブラジル国内で加入した医療保険では普通ですが、海外で加入した傷害保険などではその限りではありません。そのため、診察は自由診療で受診し、可能であれば後で保険会社から医療費の払い戻しを受けるのが賢いブラジル人の診察の受け方です。

予約の時に診察理由を聞かれることがありますが、聞いている相手は大抵事務方であり専門家ではありませんので、ここでは「昨日からお腹が痛い」ぐらいの簡単な症状を伝える程度で十分です。

次に予約した日時に医療機関に出向きます。この時、以前受けた検査結果などを持参すると、診察の参考になります。ブラジルでは検査結果は患者さんの所有物であり、本人が管理するものと考えられていますので、ちゃんと保管しておきましょう。初診ですと、カルテの作成があります。提携診療の場合、この場面で提携保険のカードを提出します。日本のように診察券は一般的ではありません。

診察時間は自由診療の場合、最低30分はかかります。じっくり話を聞いた上で、身体検査をし、必要があれば血液や大便検査、エコーやCT等画像検査、内視鏡などの検査指示がでます。ほとんどの場合、検査は別途検査機関に出向くことになります。検査費が医師の儲けになるわけではないのが日本と異なるところです。提携診療の場合、保険内容と検査内容により、保険会社の許可が必要であったり、利用可能な検査機関の制限があったりします。

診察時に、再診の有無、回数、検査結果の受け取り方法(自分が受け取って次回再診の時に持参するのか、直接医師に送られてくるのかなど)、医療費用や診断書の作成なども医師と直接相談します。一回の診察で済み、かつ、海外傷害保険などで後日払い戻し制度を利用する場合、ここで保険請求用診断書の作成も依頼します。

日本ではほとんどが保険診療なため、3割とか1割の自己負担分を(場合によっては薬代と検査代も含め)診察機関に支払いますが、ブラジルでは、診察機関、薬局、検査機関などの支払いは別々に行います(自由診療の場合)。支払は現金以外にクレジットカードの使用ができます。小切手も可能ですが近年あまり使われなくなってます。外貨での請求は法律で禁止されてます。再診・通院が多いなどの場合、月極や一括支払いも可能です。提携診療の場合、診察費と検査費の支払いは無く、薬代は大手の薬局などでは割引があることもあります。しかし、上記のような制限があります。海外傷害保険(海外旅行保険)では薬代と検査費用、交通費なども医療費として請求できますので、領収書の保管が大切です。いずれにしても、自由診療で受診するのか、提携診療で受診するのか、またどの保険会社を利用するのか等をしっかり把握しておくことが重要なポイントといえるでしょう。邦人がブラジルの健康保険に加入されている場合、診察は自由診療、検査は提携診療を使用する方法もよくみられます。

少し蛇足です。日本の国民健康保険に加入している場合、「海外療養費の請求制度」が適用でき、海外で生じた医療費も一部払い戻しがあります。領収書は必ずとっておきましょう。


ブラジル医療事情:かかりつけ医

Sun spot. California. Caju©2009

By: Kazusei Akiyama, MD


ブラジルの医療事情(3)ー 「かかりつけ医」{2024年11月校閲}

医療において最近見直されてきているのは「ファミリードクター」の存在です。日本語では「家庭医」と訳されますが、筆者は「家族の医者」(ドクターオブザファミリー)が正しい訳ではないかと思います。現在、都市部ではライフスタイルの変化によって、家族ぐるみの付き合いがある医師を持つ人は皆無といってよいほど見あたりません。昔のファミリードクターはその一家に出入りするため、家族全員の既往症、健康状況、環境や人間関係の問題点などを把握しており、それらの情報が予防的なアドバイスや病気になったときの診断・リスクの特定に役立っていました。また、その信頼関係から、健康上の問題は真っ先に相談を受ける立場にあったのです。

今回解説の「かかりつけ医」とは「健康上の問題があったとき、まず相談をする医師」と一般的に定義されます。昔のように代々お世話になってきた信頼のおける医者という存在がないので、積極的に自分で決めなければならないわけです。患者さんと医者の関係も人間関係ですから、なんといっても波長がまず合わないと話になりません。したがって「相談しやすいこと」と「近さ」がポイントになると考えられます。東京都医師会によるとかかりつけ医の条件とは次の5点だそうです:

  1. 近いこと
  2. どんな病気でも診てくれること
  3. いつでも診てくれること
  4. 病状をきちんと説明してくれること
  5. 必要なときにふさわしい医療機関を紹介してくれること。

①は距離だけではなく、人間関係としての近さも含めてのことでしょう。

②はまず全般的に医学を理解していないと、専門分野以外の解説や紹介もできません。

③は時間外は同然、さらにブラジルの場合、医師の自宅や携帯電話に連絡がつくことも含まれると思います。初めてではないので、電話連絡で解決がつくことが多いのです。

④は納得のいく説明こそ信頼関係のもとになります。また、疾患そのものの説明だけではなく、生活全般に渡ってのアドバイスができることも大切でしょう。

⑤は 処置や検査などを含む高機能医療が必要な場合、紹介できるネットワークをもっている必要があります。また、どの時点で紹介するべきか的確な判断を下すためには、自身の実力や限界も把握していなければなりません。

かかりつけ医は必ずしも内科医である必要はありませんが、家族全員を診られる「家族の医者」であることは必要です。ブラジル人によくあるパターンが小児科医や婦人科医がこの役割を担っているところです。かかりつけ医は専門ではなく「役割」です。これらの条件が満たされれば、看板上の専門分野は関係ありません。


 

ブラジル医療事情:医療機関の選び方

By: Kazusei Akiyama, MD

ブラジルの医療事情(2)ー 医療機関の選び方{2024年11月校閲}

今回は病院や医者などの医療機関を選ぶ際、なにが重要なポイントとなるかについて考えてみます。一般的に、患者さんにとって良い医療機関とは患者を大切に扱ってくれる機関であり、その上で技術レベルの高さ(先端医療を含む)、アクセスの良さ(近い、行きやすい)、コミュニケーションの取りやすさ(言語や情報の透明性)、丁寧な対応(ホスピタリティ)、衛生的で清潔感のある施設、などといった条件が続き、またこれらに見合う対価、つまり納得のいく費用であることが理想的ではないでしょうか?結論から言うと、このような理想的なものが全て揃っている所はまず存在しないと思った方が良いでしょう。さらに、ブラジルに在住されている邦人の皆さんにとっては言葉の問題が大きく、日本語が通じるか否かによって選ばざるを得ないという、選択範囲の狭さがネックになってくると考えます。

言葉の問題はさておき、病気やケガの内容など、個々のケースにより医療機関選びのポイントは変わってきます。遠くに移動するのが難しい病気や頻繁に通院が必要な場合であれば近所にあったほうが便利ですし、難しい手術や検査が必要になれば技術レベルが重要になるわけです。また、医療技術的にはそれほど格差のない、例えば出産などの場合でも、産院によってホスピタリティやルームサービスが違ったり、母子同室かどうかなど、方針の差がある医療もあります。ですから、必要に応じて医療機関を使い分けるということが大切になってきます。

現在はいろいろな方法で病気や医療に関する情報が手に入ります。受診する前、すでに患者さんが病気や検査の情報をもっておられて診療がスムーズになることがある反面、それらの情報が原因で不安になってしまうことも多く見られます。そのため、診察の形式も変わってきました。最近では診察時間の8割が病気や検査の説明やインフォームド・コンセント(患者の同意)など情報の処理にあてられているとする試算もあります。

ですから、今回のテーマである「医療機関選び」でも確かな情報や判断が必要となってきます。筆者はこれには医療のプロの力が必要なのではないかと考えています。各々の事情にあった医療機関の手配や紹介、専門医療から送られる情報の分析や解説、患者さんの医療情報の管理をするなどの「かかりつけ医」がまさにその「プロの力」にあたります。母国はもちろん、あまり勝手の分からないブラジルではなおさら、小さなことでもまず相談出来る医者をみつけておくのが、上手な医療機関選びの第一歩であると力説します。

少し蛇足になりますが、ブラジルでは「医師国家試験」が存在しません。医学部を卒業して医師評議会(Conselho Regional de Medicina)というお役所に登録をすれば医者になれます。あまり厳格なシステムとは言えませんのでニセ医者も結構いるようです。そのため、医師評議会のインターネットサイトで本物かどうかをチェックできるようになっています。医者であれば必ずCRMと呼ばれる免許番号を提示する義務があり、この番号と名前をネットで照合することができますので、ぜひご活用ください。顔写真もチェックできます。サンパウロ州ではホームページwww.cremesp.org.brのENCONTRE UM MÉDICOボタンから検索できます。サンパウロ州以外はwww.cfm.org.brを利用できます。HPトップメニュー内Cidadão内Buscar por médicosが検索画面です。ちなみに筆者の免許番号は64223です。


ブラジル医療事情:医療制度の違い

Sunset at Northern Minas Gerais State. Gouveia. Caju©2010

By: Kazusei Akiyama, MD

ブラジルの医療事情(1)- 医療制度のちがい {2024年11月改稿}

外国での生活にはたくさんの不安がつきものです。その原因には言葉の壁、衣食住、治安、教育、健康など、様々な問題があるでしょう。特に精神的にも不安定になりがちな「病気」や「医療」に対する危惧はかなり高い位置にあるのは間違いないです。たとえば、いままでと同じ治療は続けられるのか。病気になったらどの病院にかかればいいのか。流行している病気やその土地特有の風土病はあるのか。その病気の予防はできるのか。などなど、健康面での不安は数え上げたらきりがありません。

もちろん、日頃から体調管理を万全にして健康な生活を送り、医療機関のお世話にならないのが一番です。でも、人間生きている限り、病気やケガと無縁ではいられません。また体調管理のための健康診断や定期検診など、予防として医療機関を利用することも多々あります。

この欄では、筆者が1995年の開業以来邦人の方を多く診療させていただいている経験をふまえ、日本人の方々から受けた相談やお悩みを元に、ブラジルの医療事情について解説します。

さて、日本の独立行政法人「海外勤務健康管理センター」が2002年に実施した調査によると「海外の医療機関への不満」の上位には次の4項目が挙げられました。

  1.  医療費が高い
  2.  言葉が通じない
  3.  医療レベルに不安がある
  4.  医療システムがむずかしい

1の医療費に関しては、実は日本もブラジルも、平均的にはそれほど変わりはありません。日本には「健康保険(国民皆保険制)」という制度があるため、自己負担は治療費の1割から3割です。しかしブラジルでは駐在員のような外国人には全額自己負担(日本で言う10割負担)になるため、高く感じるのではないでしょうか。

次に2の言葉に関しては、どれだけ流暢にポルトガル語が話せる方であっても、医療や健康に関する会話は専門用語が多いので、日本語と同じというわけにはいきません。特に病気にかかった時には不安が先行し、言葉に対する自信も失いがちです。仮に医療機関側に日本語の堪能な医師などがいたとしても、文化的・習慣的な違いや微妙なニュアンスまで理解できるかといえば、非常に難しいのではないでしょうか。病気に対する訴えの捉え方の違いなどもあるかもしれません。

3の医療レベルに対する不安は、ブラジルを含む発展途上国の滞在者に多くみられるようです。しかし、一般的に日本人が滞在する大都市周辺には先進国レベルの医療機関が多くありますので、それほど心配する必要はないと考えます。要はレベルの高い病院などをどのようにして見つけるか、受診するか、が問題なのです。

4については、どんな場面でもシステムが違うとむずかしく感じられるものです。それは医療においても例外ではありません。ですから、違いをはっきり認識することが、この問題を解決する糸口ではないかと思われます。そこで、おおまかな制度の違いを表にしましたので、ぜひ参考になさってください。

表:日本とブラジルの医療システムの違い