スローな医療はおすすめですか?

By: Kazusei Akiyama, MD


2016年08月

今月のひとりごと:『スローな医療はおすすめですか?』

このコラムの22人の読者様、大変ご無沙汰してます。連載が始まって一番長い休稿で大変ご心配とご迷惑をおかけしました。実はこのところ、新しい仕事の立ち上げに時間をとられてました(註1)。約10年ほど前より世界的にSlow Medicineと呼ばれる医学的哲学が提唱されるようになってます。トロい医学の事ではありませんよ。直訳すると「ゆっくりな医学」ですが、「急がない医学」の意訳のほうが正しいと考えます。スローでまず一番有名なのはスローフードですね。1986年にイタリアで提唱された運動で、アメリカ系が代表するファストフードに対するもので、その土地の伝統的な食文化や食材を見直す運動で始まり、さらに、持続可能な食文化(註2)、地産地消のように小規模事業や農業を支える考えや、生活習慣病になりにくい食生活や食品へと展開してます。これがスローライフ運動(英語ではスロー運動、Slow Movement)へと発展しスローシティーなど、世界的な理念になる勢いです。「スローなんとか」を検索すると、色々でてきます。ざっと見ると、住居や環境に関する、スローシティー、スローリビング、スローアーキテクチャー。生活に関する、スローカロリー、スローフィットネス、スロージョギングや筋トレ、体操、スローセックス。医療に関するslow medicine、スローエージング。最近の概念のスローサイエンス、slow kids、slow education。現在のトレンドの一部であることは間違いないでしょう。

ではスローメディシンとはなにか?2002年にイタリア人のDolara医師が初めて論文でSlow Medicineという言葉が使われましたが、2008年に米国でMcCullough医師による老齢医学に対する有用性の提言で一躍有名になりました(註3)。スロー運動は簡単にいうと「高速処理・生産を重点にすると結果として物事の質が低下する」状態を考える運動です。これを医療の場合は急性期集中治療を重点とした医療現場、患者をろくに検査しない(できない)3分診察、それを補う検査の数々、即効性の薬物使用(副作用も速効)、などを考える運動・哲学になります。日本語で検索するとほとんどなにも出てきませんね。日本ではなじみの無い考え方ではないと思いますが(註4)、現実に実施されている保険診療はfast medicineそのものですし、医療制度を改革しない限りこのような行動は普及しないことは素人でも解りますよね。次にSlow Medicineの10原則を示します。

1. 時間:時間を執った医療。聴く、理解する、思案する、精査する、判断する、決断する。時間があったほうが、より良い医療を提供できる。

2. 個人化:一般論より、各個人の個性や視点、価値観を重要視。患者個人の利益になる医療を提供する。

3. 自立とセルフケア:医師と患者で決断をシェア。患者自身やその家族でできることを明確にし、実行に移す。

4. 肯定的な健康概念:現行の「健康の定義」は完全な 肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない。」と否定的は概念であるが、「病気でない」のではなく、予防、医療の質を高度に維持、医療システムへのアクセスなどにより「健康である」ことを重点においた概念。

5. 予防:健康的な食生活、定期的な運動、ポジティブな思考、により健康を維持する。

6. 生活の質(Quality of Life):量より質!

7. 補完代替医療:恒常的な西洋医学に東洋医学などの非恒常的医療をプラスすると、より多いアプローチが可能になる。

8. 安全が一番:医師になる時、ヒポクラテスの誓いを宣誓するが、その内「Primum non nocere et in dubio abstine」「害と知る治療法を決して選択しない」とある。患者の害になると思えば、医療的介入を止める。

9. 情熱と慈悲:医療の人間化(humanization)を奪還する。

10. 遠慮のあるハイテク使用:ハイテクは人類の為にあり、医療の場合患者の為にならないといけない。使い方を間違わないければ、よりよい医療やセルフケアに貢献できる。

『この運動は現時点の診察を直ぐに変える云々ではなく、医療政策、医療教育、医療方法などを考えるのに適しているのだな。意外なのが、医療がハイテクになるほど、病気の治癒率が上がり、人類が健康になると思われているが、そうではないのだな。確かに一部の治癒率の成績は良くなっているが、発病率などはあまり変化しないのだ。また、ボックスで書いたように、検査依存の診療になると、余計なものが見つかり、そのためまた検査する事になり、しまいに(不要な)治療をする事になってしまう事が多い。このような現実は医療費用を上昇させている事は明確で、経済的な方面から提唱が増える可能性があるぞ。今年日本の厚生省が2020年までに抗生剤使用を1/3減らす対策決定や「地域医療構想」もそのうちであろう。いずれにせよ、もっと患者さんの利益を考えた医療が必要とされているのは間違いないと思う。』


註1:www.slowmedicine.com.brです。ポル語。www.slowmed.infoも参照ください。英語。

註2:例えば食用の牛肉の大量生産。商品としての牛肉1キロを生産するのに水15400リットル必要とするが、世界的に深刻な水不足が予想されている現在、これは持続可能であろうか?

註3:Slow Medicine運動の歴史についてはwww.slowmedicine.infoに詳しく記載されてます。

註4:実際こういった問題点をあげる医師や医療従事者は見当たる。