By: Kazusei Akiyama, M.D.

March, Windy Sunrise. São Paulo. Caju©2023
2025年1月
酒は百薬の長にすれば良いのです。
飲酒が多い年末年始がすんだと思えば、当地ブラジルではまた「酒」の季節、カーニバルが来ました。カーニバルイベントの大スポンサーは全部酒類製造企業です。それだけ需要があると言う事ですね。酒飲んでぱあっとやるぞって、カーニバルはブラジル社会の公認の狂瀾怒濤の位置づけでしょう。頭の中も行動も狂瀾怒濤。元々カーニバルはカトリック教会がキリストさんが殺害され3日後に生き返った事を祝う復活祭の前の40日間、カトリック教徒は断食などをしておとなしくしておかないといけない四句節という取り決めがあり、その直前は羽目を外しても黙認するイベントであるという説があります(註1)。
『このぱあっとするには酒の有効成分エタノールの薬理作用が有用なのですな。』
どのような薬理作用かと言うと、「神経抑制作用」です。神経には必ず「動く」x「止める」のセットが回路になってます。つまり、興奮性神経x抑制性神経のセットで前者の出力を調整したり、同期性を制御したり、過剰興奮を防ぐなどを担ってます。このセットがあるから例えば運動神経系であれば歩き始めたら止まる事ができるし、腕を挙げたら必要な高さで止まってくれるのです。認知や思考と関連する脳の中枢神経も同じ興奮性x抑制性のセットがあります。軽く抑制した状況がいわゆるリラックスした状態や多幸感になる訳ですが、抑制が進むと泥酔した状態になります。反対に抑制が効かずに興奮が進む例はパニックなどです。思考の抑制はいわゆる理性的な状況がそれにあたり、社会生活において「言わなくて良い事を言わない」や「考えたとしても言えない」といったような例になります。
アヘンのようなオピオイドや西洋医学で使用する鎮静薬のバルビツル酸系の薬物は使用すると一貫として鎮静的抑制作用がおこりますが、エタノールは特殊な抑制作用があります。然り、少量を服用すると抑制性神経系の抑制がおこり、服用を進めて量が増えていくと、今度は興奮性神経系にも抑制作用がかかるといった選択的抑制作用をもつ物質なのです。なので呑み始めはリラックス・多幸感が得られ、行動も派手になりますが、服用が進むと段々思考が低下して行き、何しているのか分からなくなり、眠くなり、しまいに昏睡します。運動調整も抑制が進むとまともな動作ができなくなってしまします。
『足がもつれる、倒れるやつですな。』
エタノールの神経系への作用を書いてきましたが、他の作用で強調すべきなのは循環器系への作用です。然り、少量では血管拡張作用がおこり、ある程度量が多くなってくると今度は反対に血管収縮作用が現れます。血管の拡張や収縮は末梢血管で顕著にみられます。つまり拡張がおこると皮膚が赤くなり、収縮すると蒼白になります(註2)。この「血管拡張作用」の部分が一番「薬」になるところです。末梢血管が拡張すると言う事は「血行が良くなる」という意味です。非常に簡単な理屈で、血液が行き届かないと細胞は死滅してしまいます。血流にのって、栄養分やエネルギー源、免疫成分が供給され、不要物の回収が行われるのです。血液が行き届くという状況を維持できるのが細胞の活動、つまり命をつなぐ状況になります。
『だから心臓が止まってしまったような事が起こると細胞活動がストップして死に至る。細胞活動が止まって心臓も止まる反対もあるけど。どちらにしても死体に血流はないですな。』
このコラムの25人の読者様は「ブルーゾーン」て聞かれた事ありますか?健康で長寿な人々が数多く居住する地域の事です。2004年にベルギーの人口学者とイタリアの医師に発表された研究を元に米国の研究者が調査して特定された世界5ヶ所の地域です。然り、イタリア・サルデーニャ島、日本・沖縄県、米国・ロマリンダ地域、コスタリカ・ニコヤ島、ギリシア・イカリヤ島の5ヶ所です。科学界の常識とまではいかなく、米国の場合、単に平均寿命が高いコミュニティであるし、沖縄の場合、戦火のため正確な出生記録が残っていないなど賛否があります。世界ばらばらの場所にあり、共通の食べ物や気候がある訳でもないのですが、これらの地域の高齢者の生活に共通する4項目があります:
- 規則正しい三食と腹八分目。満腹するまで食べない。
- 毎日少量の酒を欠かさない。反面何があっても一定量以上呑まない。
- 体を動かす、運動する。
- 社会的役割をもっている。
これらの2と3が血行を良くする行為になる訳です。「酒は百薬の長」は東洋で使われる諺で漢の時代の「漢書・食貨志下」に「夫れ塩は食肴の将、酒は百薬の長、嘉会の好、鉄は田農の本」と出典があり、「どの薬(治療法)よりすぐれている」という意味ですが、ブルーゾーンでは共通する食材や治療がない中、エタノールだけが共通点である事もこの諺を実証しているのではないかと考えます。
『酒の部分のポイントは「少量」ですよ。少量。酒はいくらでも飲めば良いと言う事ではありません!』
このひとりごとの冒頭の思考・認知の部分の軽い抑制も社会生活の人間関係の潤滑油になる物質です。酒席が楽しいのは普段の抑制された状況から解き放たれるからでしょう。まあ日本の様にあまりにも社会の同調圧力などが強く、普段では本音がでないので会社の営業などでわざわざ酒席を設けて本音の話をするのに利用されるように、有用といえば有用ですけどね。カーニバルのように羽目をはずすために飲酒するのではなく、ブルーゾーンのように細胞の健康を保つために「賢く」飲酒すると「酒は百薬の長」になります。エタノールの代謝能力は個人差があるので、「百薬の長になる量」は決まってません(でも日本酒一升ではないでしょう)。また、酒の難しいところは、「もうこれで止めておこう」とストップをかける抑制性作用自体が抑制されるので、つい飲み過ぎてしまいやすいですね。なので、自身で「これ位で薬になっている」のを毎回判断するより、事前に適量を決めておいたほうが確実です。
「開業医のひとりごと」では過去にも酒について展開してます。よろしければ合わせて読み返してもらえば幸いです。
- 2010年8月 酒は百薬の長、にはなってないよな。
- 2015年8月 自分は大丈夫と思っているのが、アル中のはじまりだぞ
- 2015年10月 アルコール。薬にしますか?毒にしますか?
- 2022年1月 キツネの噺ですよ、キツネ。
『ブラジルではカーニバル期間中は飲酒運転がまかり通ります。むこうは酔っ払ってますので、こちらが気をつけてよけるしか対策がありませんのでご注意を。』
註1:2021年3月のひとりごと「ブラジルでカーニバルが無くなった日」に詳しくカーニバルについて書いてます。
註2:体質によっては皮膚が赤くなるのはエタノールアレルギーが原因の場合がある。このような場合は「皮膚が赤い+多幸感」ではなく「皮膚が赤い+気分が悪い」になるのでたいがい分かります。