By: Kazusei Akiyama, MD
2019年6月
錯覚してますよね:消毒液編
我々の生活の中では「良いと思って」錯覚しているものが結構あるのではないかと思われます。これらに焦点をあてる「錯覚してますよね」シリーズの第四弾は「消毒液」です。
日本医師会の定義で「消毒」とは「対象微生物の数を減らすために用いられる対処法」であり、その目的は「感染症を惹起しえない水準にまで病原微生物を殺滅または減少させること」です。よくある間違いで「滅菌」の概念と混同される事があります。滅菌とは微生物を完全に殺滅または除去する方法で、滅菌は消毒になりますが、消毒は滅菌ではありません。簡単にいうと消毒により発病を防ぐ訳で、その発病を起こす生物を除去する、無菌にする必要はないのです(註1)。
- 註1:無菌にしたら消毒にはなりますが。
『感染症というと、もちろん感染しないように予防する事が一番である事はややこしい理論でなくても判る。その予防には病原生物をシャットアウトする方法、あるいは既に存在する生物に対して消毒を行う方法がある。前者は我々の現在の技術で可能であるけど、設備が必要なので特殊な場合を除いて現実的ではない。なので、後者が日常的に行われている訳だな。』
消毒の方法には大きく分けて物理的方法と化学的方法があります(表1)。一番効果的な方法はなんといっても「焼却」です。全てが灰になり、生物は死滅します。しかし、熱を用いた消毒方法は生体や環境、非耐熱性の用具に対しては使用できません。そこで化学的方法が有用となってくるのですね。
表1
物理的方法 | 乾熱 | 火炎、焼却など |
濕熱 | 煮沸、蒸気など | |
照射 | γ線やX線など放射線法;高周波法 | |
紫外線 | ||
濾過 | ||
化学的方法 | 液体 | 消毒液 |
気体 | 酸化エチレンガス、過酸化水素ガス、オゾンなど |
我々の普段の生活にて一般的なのは煮沸消毒、紫外線消毒(日光消毒)と消毒液使用でしょう。煮沸は用具や器具などの消毒に行います(註2)。日光消毒は安価・確実でメリットが多いのですが、日照に左右され、場所によっては不可です(註3)。なので消毒液を使う事が多くなるのだと考えます。消毒液は化学物質の殺菌能力により高水準消毒剤、中水準消毒剤、低水準消毒剤に分類されます(表2)。
- 註2:赤ちゃんの哺乳瓶、ジャムなど長期保存用の入れ物、家庭内の感染者の用具など。
- 註3:紫外線は殺菌効果が高いですが、ものによっては分解したり退色させたり劣化を起こすことがあるので長時間は必要ありません。正午あたりで1時間から2時間くらいで十分です。ここに面白い実証実験があります:https://www.fcg-r.co.jp/compare/enviro_140214.html
表2
区分 | 効能 | 薬剤の例 |
高水準消毒剤 | 芽胞(註4)を含め、全ての微生物を死滅する | グルタラール |
中水準消毒剤 | 結核菌、一般細菌、ウイルス、真菌(註5)を殺滅する | エタノール ポビドンヨード |
低水準消毒剤 | ほとんどの一般細菌を殺滅する | クロルヘキシジン 逆性石鹸 界面活性剤 |
- 註4:一部の細菌が増殖に適さない環境になった場合形成する耐久性の高い細胞構造。長期間休眠状態を維持できる。
- 註5:いわゆるカビのこと。
『消毒液を使うと、「その殺菌作用でキレイになった」と思うのだろう。日本人は特に消毒液が好きなのだろう。例えばうがい薬と言えばポビドンヨード液であるイソジン®というくらい日本では浸透しているが、ヨード入りの薬は世界的にみると主に外科手術野の消毒に使われ、あまりうがい用と連想しない。また、日本では何でもかんでも抗菌、殺菌、消毒が目に入る。本当にこれだけしないと日本人は生きていけないのかと思うほど「菌」に対して敏感だ。大航海時代にポルトガル人はアフリカ、中東、南アジア、東南アジア、中国を経て日本まで来たが、その時代の文献には航海中出会った民族では一番きれい好きである事が記述されている(註6)。どうもこのきれい好きが行き過ぎたのでないだろうか?「空間除菌」とうたった、二酸化塩素をまき散らす商品までありがたく販売されてるぞ(註7)。』
- 註6:便所がある、身体を洗う(風呂に入る)等。
- 註7:D社からでている。抗ウイルス作用、抗細菌作用、消臭作用が確認されているが、人体にどの様な毒性があるか検証されてない。
もちろん病院内など病原菌がウヨウヨしている場所などは適切な消毒方法で滅菌や消毒を行なう必要があることは議論にもあがりません。しかし、日常の生活で殺菌しすぎるとかえって人体の抵抗力を変化させます。人間の皮膚上や粘膜上には「常在菌」が定着しており、有利に共生してます。まず「拮抗現象」あります。つまり数種類の菌で平衝状態を保っているところに新たに病原菌が侵入しても定着できない現象です。さらに常在菌は「免疫系刺激作用」、つまり免疫系を刺激して免疫能力や抵抗力を強くする作用があります。また、(微)生物を殺滅させる効果のある化学物質はヒトの細胞にとっても破壊効果があります(註8)。韓国でおこった「加湿器殺菌剤事件」で死傷者が200人以上でた事件がよい例でしょう(註9)。
- 註8:消毒液は微生物の外壁(細胞膜など)を壊すことによる殺菌効果のある化学物質であることを忘れてはいけない。
- 註9:加湿器に使う水は雑菌が繁殖しやすい。そこでPHMGという殺菌剤を水に入れ、混ぜたものが蒸気となりヒトが吸い込み人体に悪影響が出た。
『最近の外傷の手当の仕方は、消毒液の塗布より、外傷により皮膚に着いた微生物や汚れを機械的に落とす(ブラシと石鹸で水洗いする)。そして、表面を覆い(註10)傷を保護する。これが結局一番傷の治りが早い。消毒液など要らない。傷や粘膜以外の消毒で一番有用なのはエタノール(70~80%液)で芽胞以外には殆ど作用し、速乾性なので残留性がないので一般家庭ではおすすめ。』
消毒ではないのですが実は日本では一番効果的な感染予防を小さい頃から教育しているのです:つまり、手洗いとうがい。薬剤を使うのではなく(註11)、水や普通の石鹸で機械的に病原菌を含む、汚れを落とす。このコラムの24人の読者様はしっかり手洗いとうがい、できますか(註12)?
- 註10:創傷被覆材と呼ばれる。
- 註11:抗菌剤入りの薬用石鹸は耐性菌の増加を招く一員のため、米国では2016年に販売禁止された。
- 註12:厚生省のサイトに「正しい手の洗い方」が載ってます:https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/dl/inful-poster25d.pdf