By: Kazusei Akiyama, MD
一般社団法人日本ブラジル中央協会の会報、ブラジル特報2016年5月号に載った記事です。PDFはこちら。
リオ五輪とジカ熱など感染症の影響
ジカ熱とは?
世界保健機構(WHO)が今年の2月1日にジカウイルス感染症(以下ジカ熱)に関する「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態、PHEIC)を宣言した(註)。これまでPHEIC指定された事態は4件しかない。3件目のエボラ出血熱は非常に死亡率の高い疾患であるので、その措置は簡単に理解できる。しかし、2年ほど前までは「軽いデング熱」といった位置づけの疾患であったジカ熱がどうして今回の宣言に至ったか考察してみたい。ジカ熱は1947年にウガンダのZikaと呼ばれる熱帯雨林で発見された、黄熱ウイルスやデングウイルス、チクングニアウイルスと同科のフラビウイルス、ジカウイルスによるヒトへの感染症である。これらフラビウイルスはネッタイシマカに代表されるヤブカ属の蚊によって媒介される。感染した人口の2割程度が発症する。潜伏期間は数日から10日程度とされ、発熱、発疹、頭痛、筋肉・関節痛、結膜炎、倦怠感が1週間程度で収まる。これだけであれば普通の風邪とあまり変わらないのだが、去年の半ばより、ブラジルのジカ熱流行地域に小頭症の新生児が大量に報告された。これにより、11月にブラジルの保健省がジカ熱と小頭症の関連性を認知した。さらに一部の感染後患者にギランバレー症候群の合併症が報告されている。今年1月時点では、この関連性を否定する意見が多数みられ、学術界では慎重論が大半であった。しかし、ブラジルに次いで大流行が発生しているコロンビアでも同じような傾向が見られる事や、この数ヶ月での研究解明から、3月末のWHOの見解は「ジカウイルスが小頭症、ギランバレー症候群、その他の神経障害の原因である事実に対して高度な科学的コンセンサスが得られる」と変化した。罹患数だけを見ると、デング熱が圧倒的に多いのであるが、ジカ熱の問題は合併症が長期に渡る状態(ギランバレー)または不可逆的かつ重症である状態(小頭症、視覚や聴覚の障害)を起こす所にある。神経毒性が同科のウイルスと明らかに違う。診断は臨床的診断と血液検査による。治療は、急性期も合併症のどちらも、なく、対処療法を施す事になる。そのため媒介昆虫のコントロールがこの手の病気の予防の根源になる。30日ほどの寿命の成虫の駆除も必要だが、幼虫(ボウフラ)が孵化しない環境を作るのが重点となる。ジカ熱感染地域で生活するには蚊に刺されない対策が必要である。この方向で予防が確立すると思われたが、性感染が蚊による感染より重要ではないかという根拠が現れだした。研究と開発は盛んに行われており、96カ所にのぼる研究機関が進めているものは、現時点で、診断関連31件、ワクチン27件、治療関連8件、媒介対策10件である。解明している物を挙げる:ブラジルのジカウイルスは2013年のコンフェデカップあたりに上陸した;感染伝播速度は同じ蚊を媒介するデングウイルスの5倍である;小頭症出産の確率は感染した妊婦の内、100件に1件、1%であった;他のフラビウイルスと比べ、胎盤関門を通過しやすい;妊娠の初期3ヶ月間胎児に多くある神経幹細胞の表面に豊富なAXLレセプターを経由して細胞内に入り破壊してしまう;ウイルスの生存時間は血液より精液の方が長い、罹患歴有りの男性から女性へ性感染が認められる、など。
ブラジルの現状
3月末の保健省統計では、2015年10月以降745件小頭症が確定診断されている。ブラジルの例年の小頭症件数は生産児1万人あたり0.5~1人であったのが、6.4人に急増している。全州で感染が確認されており、これまでの北東地方の流行がリオやサンパウロに南下するであろうと考えられている。これらの状況に対し、政府当局の対応は迷走状態としかいいようがない。蚊の幼虫駆除のため、全国全世帯戸別訪問を掲げたり、妊婦に虫除けを配布すると発表したが立ち消えになったり、個人の自由に触れるとの事で一時出した避妊勧告を取り消したりと、多数の根拠が挙げられる。当地は2年以上前より、経済政策の失敗による財政破綻、汚職問題で政権弾劾にいたる政治不穏、結果として税収減となり、まともな医療政策を実施する財源がないのが現状であろう。残念であるが五輪開催地のリオも例外ではなく、今年の3月22日までのリオ保健当局のまとめによるとチクングニア熱235件(去年の同期はゼロ件)、ジカ熱4289件(去年の同期はゼロ件)、デング熱28611件(去年の同期の2倍強)報告されている。ジカ熱はブラジル滞在中に感染し、持ち帰る心配があるが、デング熱とチクングニア熱は強い症状がでるので、滞在中に発症するとつらい病気である。予防原則を元にした医学的な意見は不可逆的な結果を起こす状況が無知数である上に、ブラジルの混乱した現状を勘案すると、WHOが出している勧告、「流行地域(ブラジル)への妊婦の渡航自粛」を一歩進めて「必須関係者以外は五輪参加を自粛したほうがよろしいのではないか」と言わざるを得ない。都合で渡航される方は蚊に刺されない予防策と性感染しない予防策(以下避妊とは、コンドーム使用あるいは関係を持たない事)が必須である。また、カップルは感染者同士でなくてもブラジル滞在中は避妊、ブラジル滞在した男性は感染した場合、症状開始後6ヶ月間避妊、感染しなかった場合でも帰国後最低8週間避妊が現時点での一番の安全策といえよう。
2016年4月4日執筆