By: Kazusei Akiyama, MD
2016年11月
今月のひとりごと:『梅毒が流行中です!でも他人事だと思うでしょ?』
今月はいきなり質問です。梅毒が性的な接触によってうつる感染症であることはこのコラムの24人の読者様、皆さんご存じですよね?で、性感染って、関係ないと思われてませんか?正式な医学用語は「性行為感染症」(英語:STD sexually transmitted disease、ポル語 DST doença sexualmente transmissível)です(註1)。STDが完全に伝播しない方法は「禁欲」ですが、それでは人間の生活、総じて人類の存続にも関わりますので、絶対になくならない疾病の一つと言えます。感染症と名前がつく疾病全般のとおり、1940年代に抗生物質が開発されてから随分と症例が減りましたが(註2)このところ世界的にSTDの増加傾向が認められます。特に「梅毒」の増加が著しい(註3)。今月、ブラジルの保健省は現在梅毒の流行を認可しました。2010年6月より2016年6月の6年間の間に23万件の新規患者が報告されてます。梅毒の増加傾向はブラジルだけではなく、世界規模です。日本も例外でなく、厚労省の統計によると2010年から2015年の間に約4.3倍増加し、特に女性20代前半の感染者が多くなっていること(この年齢帯で13倍強の増加)が政府や医学会で問題になってます。
- 註1:ここではSTDとします。少し古い名称でVD venereal disease(性病)がありますが、最近は使われません。
- 註2:細菌性の感染症は間違いなく減ったが、生物はなかなか「うまく」できており、その”穴”を埋める様に抗生剤が効かないウイルス感染が増えた、または現れた(例:AIDSのHIV)。
- 註3:感染をおこす細菌は梅毒トリポネーマ、Treponema pallidum、宿主はヒト。感染経路は生殖器、口、肛門から感染、皮膚や粘膜の微細な傷口から侵入し、血液内に進み、体内のいろんな臓器に達する。輸血など血液製剤からの感染も可能であるが、一般的に検査が行われるため、リスクは低い。この細菌は体外では急速に死ぬため、物を介した感染は皆無。
『なぜ問題になるかというと、妊婦の感染が増えているからだな。日本での研究では、妊婦が感染している場合、ほぼ100%胎児に伝播し、子宮内死亡または周産期死亡しなかった場合(註4)「先天性梅毒」になる(註5)。さらに問題が、STDで例えば淋病の様にかなりの確率で症状が出る感染症にくらべ、特に早期では症状がわかりにくい(註6)ことや自然によくなってしまうので感染したことが気付かないこともこのSTDの特徴だな。また、長い時間をかけて症状が形成されるので、長期にわたり伝染する。さらに、多彩な症例を起こし、梅毒は医学界では「偽装の達人」(註7)つまり、医者患者ともに「見逃し」することが多い感染症なのだな。』
- 註4:感染した胎児の40%が死亡する。
- 註5:先天性梅毒は生まれた時症状があるのは1/3に過ぎなく、生後数年で症状が現れる(肝臓・脾臓の肥大、発疹・発熱、神経梅毒、肺炎など)。
- 註6:痛みや痒みをともわないことが多い。
- 註7:”the great imitator” by Dr. William Osler。
症状は次の4段階で観察されます。医学の進歩で後期梅毒はよほど医療の無い所にいかないかぎり最近はみなくなりました。早期が一番治療しやすいのですが、自然に消滅する場合が多いので、見落とす可能性が高い疾病です。感染後早くて1週間、遅くて3ヶ月で発症します。
早期梅毒第1期:感染した部位にしこり(初期硬結)や潰瘍ができます。この時期の2/3前半は抗体検査は陰性です。
早期梅毒第2期:感染後3ヶ月~3年くらい。全身のリンパ節が腫れる、発疹、発熱、倦怠感、関節痛などの症状。掌、足裏に小さい紅斑が多発し皮がめくれた場合は特徴的。1ヶ月くらいで自然に消滅する。
潜伏梅毒:感染後3年~10年くらい。無症状の場合も多い。症状は皮膚や筋肉、骨に「ゴム種」が発生する。
後期梅毒:10年以降。心臓や血管、眼や臓器に腫瘍が発生、脳や神経を侵され、麻痺性痴呆(脳梅毒)を起こす。
このように、診断が難しい感染症です。検査もいろいろあり、VDRL、RPR、FTA-Abs、TPHAなどを2種類以上組み合わせて判定します(註8)。怖い疾病ですが、抗生物質の耐性は認められなく、以外と簡単に治療できます。早期の場合、ペニシリン注射1回で済みます。しかし、ウイルス疾患のように一度感染すると抗体ができて二度と感染しない訳ではありませんので、再感染が可能です(註9)。
- 註8:これは結構難しい話しなので、割愛します。
- 註9:麻痺性痴呆の治療でノーベル生理学・医学賞が出てます。1927年度受賞したユリウス・ワーグナー=ヤウレック医師は高熱発熱した麻痺性痴呆の患者が症状が改善する事に着目した。マラリア寄生虫を接種し、マラリアをおこし、梅毒菌を殺す。その後でマラリアを治療する。その名も「マラリア療法」。すごい。他にも抗生剤以前の治療がここに載ってます(食事中には覧ないほうがよいと思います):http://psychodoc.eek.jp/abare/paresis.html
『梅毒は元々アメリカ大陸にあり、大航海時代にコロンブスがヨーロッパに持ち帰り、1493年にスペインで大流行し、そこから世界中に伝播したとの説が一番有力である。日本語ではじめて記録があるのが1512年で、「唐瘡(からがさ)」と言われたように、中国経由で伝来したのだな。初めて南蛮人が日本に到達したのが1543年だから、30年も先にバイ菌が先に来たことになるな。江戸時代には江戸の人口の1割が梅毒患者であった試算もあるぞ。梅毒の流行は歴史でいくつかあり、最近の流行は男性同士の性行為感染が主であったが、若い女性に増えているのが特徴で、諸説ある。例えば、スマホの普及でSNSなどで出会いが増え、不特定の相手との性交渉が増えた;日本の場合、結婚できない30代40代の女子が多々いるため、「20代女子は早くいい男をゲットする必要があり、セックスを武器に数をこなす」といった説まで出現!筆者が思うに、さらに、怖い感染症であったAIDSが薬物治療で克服されたので、感染予防のコンドームを使った交渉が減った、オーラルやアナルなど性行為の方法が多様化してきたのも関連しているのであろう。大変感染力の強い病原菌なので、「たった1回の過ち」でも感染する可能性があるぞ。ウチは大丈夫とか、ウチの子に限ってとか思っている読者様、とにかくきっちり話し合いする事と予防が大切です。』