ちょっとした風邪じゃあなかったの?

By: Kazusei Akiyama, M.D.

Clear and ready to fill. Osaka. ®Caju 2018


2020年6月

ちょっとした風邪じゃあなかったの?

このコラムの24人の読者様、皆さんこのコロナご時勢で生き延びておられますか。外出規制で人と会食したりする社会活動が無くなってますので、筆者は本当に1人でブツブツひとりごとしている気分です。1ヶ月前の同じ時期に原稿を書いていた時、ブラジルでは新型コロナウイルス感染症死者数が2.741人でした。現在数日でそのぐらいの死者が出ていて、今20.047人です。これって、前回号で懸念していた爆発的感染ですよね。新型コロナウイルス感染症ってちょっとした風邪で重症化する人もいる程度のものではなかったのですかね?

『そう。なかったのです。この2万人以上の死者は65日間で積み上げた数字です。』

医療界は明らかに今回の感染症を過小評価していた事は間違いないでしょう。一部の人には肺炎になり、またその一部が重篤化して死亡してしまうというのが3月の時点での認識でした。重篤化するのは高齢者であり、40歳代以下はまず軽症、あるいは症状すら出ないと。なので日本では有名人が死亡するまでは若者が「自分達は大丈夫だから」と出歩き、社会問題になってましたね。

『ところが高齢者だけが重症化するのでは無いというのがわかってきた。ブラジルなどでも集中治療室行きになった患者の半数が20代から50代という事実なども出てきた。』

新型も含め、コロナウイルスは呼吸器系の粘膜から感染する病原体です。なので、風邪の症状(発熱、倦怠感、咳、喉の痛み、鼻水、鼻詰まり、痰等)プラス肺炎と考えられたのです。しかし当初より肺炎の画像(註1)の軽度病変の割には倦怠感や息切れなどの症状が酷く(註2)、新型コロナウイルス感染の謎とされてました。症例が増えるにつれ、呼吸器系の症状のみでは無く、他にもいろんな症状がでる疾患である事が判明してきてます。血栓の様な血液系症状、嘔吐や下痢や腹痛といった消化器症状、発疹や霜焼け様の皮膚症状、味覚や聴覚の喪失、腎機能の低下、頭痛や失神など神経症状、筋肉痛、等、多岐にわたる症状が出現可能です。

『新型コロナは勃発からまだ5ヶ月しか経ってないので治療薬やワクチンなどが決定してない。しかしヒトの身体にどの様な病変を起こす仕組みは判明してきた。』

  • 註1:CT画像で左右均等でない「すりガラス状」の所見が見られる。レントゲン撮影では変化は殆ど現れない。
  • 註2:「かって人生で経験したことがない様な酷い倦怠感や息切れ」と罹患者は言ってます。

ウイルスは非細胞性生物と呼ばれ、自己繁殖できないのが特徴です。従って、宿主の細胞の中に入り、その細胞の繁殖機能を使用しないと増殖できません。ここで重要なのが、「細胞の中に入る」で、細胞の表面、つまり細胞膜に存在する「受容体」と呼ばれるたんぱく質が関与します。それぞれのウイルスには標的にする「標的細胞」があり、この受容体の有無がウイルス感染の鍵となります。新型コロナウイルスはACE2受容体(註3)と呼ばれる受容体からヒトの細胞に入る事が判ってきました。ACE2受容体は肺の細胞にあるので、そこから人体に侵入する訳です。ところがACE2受容体は肺の細胞に特異的にあるのではなく、血管、腎臓、心臓、腸などにも存在します。ということは、呼吸器系の細胞から侵入して増殖したウイルスは血流に放出され、体中を巡り肺以外の臓器に症状を起こすという事になります。

『血管も細胞でできているので、そのACE2受容体から侵入し「血管内皮炎」を起こす。炎症とは必ず「腫脹」つまり「腫れ」が起きるので(註4)血管の内側が細まり、血流が悪くなる。これによって臓器に血流が行き渡らなくなり、酸素不足や栄養不足になってしまう。とてつもない倦怠感は肺機能の低下以前にこのメカニズムの酸素不足によって出現するものではないか?血管内皮炎以外に腸の細胞がダメージを受けるから、消化器症状が出たり、腎臓の細胞に侵入したら腎臓機能の低下が起こるのだろう。また、血管内皮炎のため、発疹の症状がでる。』

  • 註3:ACE2=Angiotensin Convertin Enzyme type 2。アンジオテンシン変換酵素2。
  • 註4:炎症の特徴は「発赤」「熱感」「疼痛」「腫脹」「機能障害」のセット。

更にまだ仕組みは判ってないのですが、「血栓」と「免疫の暴走」が発出します。血栓は血の塊であり、出血の危機に対する人体の反応です。新型コロナの場合、出血が起こっている訳ではないのでどうして血栓になるのかわかりません。しかし結果としては血管が詰まり、その血管が灌流している臓器がダメージを受けます。大きい血管で起これば、例えば脳梗塞もありえる訳です。霜焼け症状もこの血栓の症状の一つという事になります。

免疫の暴走は別名「サイトカインストーム」(註5)と呼ばれてます。サイトカインは体内の免疫に使われる物質で、免疫の働きを調整します。免疫は外敵に対して働きますが、何故か新型コロナはサイトカインを乱造させ、自分自身の臓器に損傷を起こしてしまいます。これは一度に全身で起こる現象なので、一気に多臓器不全に至ってしまい、死亡例の大きな原因です。

  • 註5:英語でcytokine storm。

『新型コロナを呼吸器系の粘膜に到達させない。新型コロナ感染症の仕組みは、特に重篤化したケースはつまり、呼吸器系の細胞のACE2受容体から侵入ウイルスが侵入し、血中に入り、血管内皮細胞のACE2受容体から侵入し、血流を悪化させ臓器に損傷を起こす。そのうち、サイトカインストームが起こり、血栓もでき、多臓器不全に至って死亡してしまうということですな。とにかくウイルスを呼吸器系の細胞に到達させないのが一番重要!その為のマスク使用、頻繁な手洗い、鼻や口の粘膜をいじらない、だと言う事をご理解いただきたい。』

『もし感染して何らかの症状が出たら直ぐに投薬を受ける。ブラジルの蔓延度は高いので感染してもおかしくない。症状が出た場合、早期に抗ウイルス薬の投与も重要だな。臓器損傷が起こってからそれらを投与しても、もう遅しだろう。だからいろんな薬の治験の成績があまりよろしくないのだと思う。』

ACE2受容体が新型コロナの病理に関与している事は間違いないと考えます。リスクが高くなる糖尿病や高血圧症はこの受容体がこれら疾患と関係があり、既に患っている方は感染しない予防が重要です。また、喫煙者も高リスクである事が判明しており(註6)、喫煙がACE2受容体の発現を著しく増加させる事実と関係ある訳ですね。糖尿病や高血圧症の原因は必ずしも取り除く事はできませんが、喫煙は「禁煙する」といった「後戻り」できる行為です。喫煙者は是非禁煙を考えるよい機会ではないですか(註7)?禁煙しませんか?

  • 註6:中国での死亡例の8割近くが喫煙者であった報告があります。
  • 註7:新型タバコに変えても同じですよ。
この原稿は2020年5月21日に執筆されたものです。