By: Kazusei Akiyama, MD
2014年03月
今月のひとりごと:『ボウフラは煮えてしまったので、サシガメを考える。』
猛暑のサンパウロです。記録を取りだした71年前以来の暑い1月でした。邦人が多く住むパウリスタ地区を給水しているCantareira水源の貯水率も記録的な減少で断水が心配です。普段は12月の夏期からいわゆるスコールが始まり、貯水量が増えるのですが、今年は雨が少なくて消費するばかりだったのですね。このような状況でも節水政策が無いし、「明日は明日の風は吹く」 ブラジル特有の猛暑です。以前ひとりごとした様に(註1)サンパウロは標高があるので夜間は気温が下がり、夏でも過ごしやすいのですが今年は熱帯夜が続き窓を開けて寝ることが多かったです。でもいつもなら多い蚊がほとんどいない。最近気付いたのですが、あまりにも暑くって、残った水たまりではボウフラが煮えてしまったのですね(笑)。なので、夏に注意勧告がある「デング熱」が今年はすっかり影を潜めてます(註2)。水が多くて蚊も多いほうがいいのか?このコラムの22人の読者様はどちらでしょう?
それで、夏のひとりごとの種が一つ無くなり困っていたのです。先日診察室でアサイーの話しが出て、日本でも取り上げられている事がわかり、これで行こうと考えたのですが、仕事がら行き着いたのが「シャーガス病」です。順番に説明すると、アサイーはアマゾン地方特有のヤシ科の植物で、果実と成長点が食用にされます。成長点はいわゆるパームハーツ、こちらのpalmitoパルミットです。これはほとんど栄養がありませんね。果実はすり潰したものをペースト状で食するのが一般的です。ジュース屋さんにある、ド紫のあれです(註3)。果実は栄養価がおそろしく高く、抗酸化物質のポリフェノールが多いとされるブルーベリーの15倍以上あり、鉄分がレバーの3倍、カルシウムやカリウム、植物性繊維も豊富です。そのため、日本を含む海外で健康食品として脚光を浴びてきている感じです。ダイエットにも良いと宣伝されてますが、植物性繊維は水溶性なのであまり効果は無いし、100gあたり250kcalとカロリーが高いので逆効果かもしてません(註4)。でなぜアサイーが病気と関係があるかというと、アサイーを食べた人がシャーガス病になるという構図があるからです。
シャーガス病(Deonça de Chagas)はアメリカトリパノソーマ病とも呼ばれ、トリパノソーマ・クルージと呼ばれる原虫が原因の感染症です。あまり話題にならないのですが、アマゾン領域の熱帯地方ではマラリアに次ぐ危険な感染症です。 ブラジルではbarbeiroバルベイロと呼ばれる中南米に生息するカメムシの一種のサシガメが媒介します(註5)。黄熱やマラリア、デング熱の様に蚊の唾液に原虫がいるのではなく、糞の中に原虫がいて、ヒトを含むほ乳類を吸血している時に脱糞し、刺された人が痒みのため掻いて皮膚を傷つけ、そこから原虫が体内に侵入する感染症です。感染直後であれば治療薬がありますが、あまり症状がでないので感染した事が判らない。二~三十年後にシャーガス病として発症(註6)した時点では治療は対処療法しかありません。
元々風土病とも言えるほど多い病気だったのです。ブラジルでは1970年度に年間約15万人新規発病していたのが、2010年度には年間150人程度まで減少しました(註7)。これは農村人口が減少したのと、媒介者であるサシガメの駆除が進んだのた、サシガメに刺されないように注意する教育(JICAの事業でもありますね)が成功したためです。また、輸血経由の感染が多く、1986年に献血すべてにトリパノソーマ抗体検査を義務つけ、1990年から100%実施されるようになりこの手の感染が激減しました。
現在ブラジルで発病する95%がアマゾン地方のパラー州とアマッパー州に集中してます。そうです、アサイーを郷土料理として食している地方ですね。 保管や衛生状況が悪い所で生食するとサシガメやその糞が混ざって感染する、昔ではあまり無かった経口感染です(註8)。また、無症状期間が長い感染症なので、原虫保有者が中南米以外の地域にシャーガス病を広めているのも問題です。去年の6月に日本で献血したブラジル日系人がシャーガス病であり、その血液が輸血に使用されたことが話題になってました(註9)。 サンパウロや海外で入手できるアサイーペーストやジュースは輸出用に熱滅菌加工されてますので基本的に問題がないのですが、アマゾンに観光に行った時などは、保健所の許可があるような場所で食べるよう留意が必要ですね。食べたことのない読者様はせっかくのブラジル生活ですから、話しの種に1度ぜひどうぞ。
註1:2013年1月号。
註2:デング熱については2010年4月号に詳しく記載してます。
註3:パラ-州では日常的に食され、魚料理などにも出てくる。
註4:だからスポーツジムなどで好んで消費されるのですな。
註5:日本にもサシガメはいますが、トリパノソーマ感染とは関係ありません。
註6:心筋炎、心肥大、不整脈、巨大食道、巨大結腸、髄膜炎、肝臓肥大、脾臓肥大など。
註7:それでも中南米を中心に1000万人程度感染者がおり、毎年20万人規模で新規感染している。
註8:感染方法は前出の皮膚や粘膜から侵入、輸血や臓器移植の経血感染がほとんどであった。
註9:日本では無い病気だから、献血血液の安全検査項目に入ってないのだな。くわしくは http://apital.asahi.com/article/story/2013090200011.htmlに記載されてます。