子宮筋腫も欧米化の影響だろう。

By: Kazusei Akiyama, MD


2015年04月

今月のひとりごと:『子宮筋腫も欧米化の影響だろう。』

先日ブラジル全国で大規模反政府デモがあり、サンパウロでは100万人以上が集まりました。このコラムの22人の読者様も出席されたのでしょうか?汚職反対、騙すのを止めろ、ちゃんと仕事をしろ、といった内容のデモだったのですが、これってデモして言わないといけない事項なんですかね?まあ~、開業医のひとりごとです。今月の本題とは関係ありません。今月は大変多く見られる子宮筋腫を取り上げます。

『子宮は大まかにいうと3層あって、外から、漿膜、筋層、内膜があり、この筋層内に発生する良性の平滑筋腫瘍を筋腫という。繁殖期の女性の20%に発症し、40代に好発するのだな。臨床の現場では、40歳前後の女性の3人に1人の割合ぐらいで観るぞ。できる原因は分かっていない。大抵が無症状なので、健康診断とか、いわゆる直接筋腫と関係のない医療行為で観察される事が多い。女性ホルモン(エストロゲン)に依存するため、これに反応して大きくなる。そのため、閉経すると縮小する。筋腫そのものは良性であり、悪性化することは希なのだな(註1)。筋層から発生して、どの方向に大きくなるかで症状が変わってくる。外側にできる漿膜下筋腫はスペースの多い腹腔内にあるので、大変大きくなりやすく(註2)、症状が乏しい。粘膜下筋腫は反対に子宮の内側にできるので、不正出血や月経困難、不妊症(註3)の原因になり、小さくて症状が強いのが特徴だな。一番よく見る筋層内筋腫は症状的に多彩で、その大きさや発生場所によるぞ。過多月経やそのための貧血、月経困難など婦人科系の症状以外に周辺臓器を圧迫するほどの大きさになると、排尿障害、排便障害、腰痛などを起こすことがある。良性の腫瘍なので筋腫そのものは命に関わるものではないが、どの程度症状があるかで治療が必要になるのだな。』

この腫瘍は増加傾向にあります。これは、健診などでエコー検査が普及したため、発見される機会が増えたのもありますが、生活仕様が欧米化したため(註4)、女性ホルモンに影響される人生期間が伸びたため(註5)とされてます。筆者は食生活なども影響があるのではないかと思います(註6)。

『治療はどれだけ症状があるか、妊娠が必要かの二つが大きなパラメーターだな。根本的とされる治療は子宮全摘出なのだが、元の臓器が無くなるから、二度と発生しない(あたりまえだな)。これはもう出産した女性向けだな。全摘が嫌であれば、筋腫核出術、つまり、筋腫だけを切除する方法だが、多数あったり、筋層内筋腫では不可能であることが多い。薬物治療もある。女性ホルモン依存なのでそれを抑える薬を使うのだが、人工閉経になってしまうので、閉経近い場合や手術をする前に腫瘍を小さくするために投与されることが多い。その他、近年では集束超音波療法(註7)や子宮動脈塞栓術(註8)などが開発されているぞ。さらに、漢方薬が有効なのだな。』

ここまで書きましたが、ほとんどの場合、あまり婦人科的な症状がなく、治療は単なる経過観察です。しかし、腰痛や頻尿など一目関係のなさそうな症状のみも多いので、40歳代であればちゃんと受診したほうがよいのではないかと考えます(註9)。


註1:悪性化するのは0.5%に満たないとされている。しかし、元から悪性の子宮肉腫や子宮体癌も腫瘍であり、鑑別が必要である。

註2:世界最大の子宮筋腫は52歳のインド人と記録されており、13kg、直径53cmであった!

註3:着床の邪魔をするIUDと同じ効果をするのだな。

註4:疫学的事実として、日本人より欧米人に多い。

註5:女性の成熟が早まった、初潮の年齢が低くなっている。また、ホルモン補充などで閉経が遅くなった。

註6:女性ホルモンそのものや環境ホルモンが食品経由で体内に入ってくる。特に動物性蛋白経由で。

註7:腫瘍を焼く方法だな。

註8:筋腫に血液を供給している動脈に詰め物をして壊死させる方法だな。

註9:50歳代で不正出血や前出の症状がある場合は悪性の可能性が高いので受診は必須だぞ!


ブラジルにおける医学の先進性

By: Kazusei Akiyama, MD

一般社団法人日本ブラジル中央協会の会報、ブラジル特報2015年3月号の特集に記載された文章です。2015年初頭の現状で執筆されてます。PDFはこちら

ブラジルにおける医学の先進性

ブラジルは医療発展途上国

国連が発表した2014年度の人間開発指数(HDI-Human Development Index)が187国中79位のブラジルは間違いなく医療発展途上国である。HDIは平均寿命、教育指数およびGDP指数の三つの指標からなっており、医療の発達は直接平均寿命に影響する。現在ブラジルには287000人強の医師がいるが、2/3はミナスジェラエス州以南の東南地方と南地方で活躍している。つまり、中部、北部と東北部には医師の密度が低いことを示し、これらの地方ではいわゆる無医村が多く見られる。例えば、筆者の同級生で医学部卒業後トカンチンス州に移住した者がいるが、1990年前半時点では半径250kmで唯一の医師であった。現時点ではブラジル全国平均で人口1000人に対し医師1.5人であり、WHOが推奨する最低、医師2.5人/人口1000人以下である。これが2013年よりブラジル政府が実施している医師輸入・医学部大量創立政策(Programa Mais Médicos)の根拠とされているがこれについては後ほどコメントする。

ブラジルにおける先端医学

このような医療環境で先進的な医学が行われているかどうかを考察する。先進的な医学をいうとまず連想するのが「先端医学(医療)」または「高度先進医療」であろう。いろんな名称があるが、本文では先端医学とする。先端医学の関心は大まかに二つに分類できる。一つが現在治療が確定していない健康上の問題の解決方法を探る方面。二つ目が現行の治療方法をさらに良い方向へ改善する技術を探る方面。また、実施面では「研究」と「臨床」にも分類できる。結論からいうと、当地ブラジルの先端医学は研究が弱く、臨床が強いと言えると考える。理想的には研究と臨床が同時に行える環境こそこれらがお互いに生きるのだが、この環境が整備されていないのが当地の現状であろう。日本では各医学部に先端医学関連の部署が設置されているが、ブラジルの医学部は少ない例外を除き、普通の医師を養成するのが精一杯といったところである。いかなる研究でもすぐに実用化するものではないので助成システムが必要である。研究先進国では、公共と私設の助成システムが豊富であるが、ブラジルではCNPq(Conselho Nacional de Desenvolvimento Científico e Tecnológico – 科学と技術の開発国家評議会、連邦政府の「科学と技術と革新の省」の部門)やFAPESP(Fundação de Amparo à Pesquisa do Estado de São Paulo、サンパウロ州研究助成財団、サンパウロ州政府の「高等教育局の外郭団体)の2機関が主な助成機関であり、公共資金がほとんどである。反面、総合的に社会的な整備がない事は先進国では考えられないような事が行えるのでもある。つまり、医師免許取得以前から医療行為に従事でき、医療費が無料の大学病院に大量に来る患者さんで臨床訓練ができる事を示している。このため、手技が問われる部門ではブラジルの(まともな医学部出身の)医師は先進国の同職者と比較して上手だと言える。

先端医学の分野をいくつか

先端医学の各分野としてはテーラーメイド医療(遺伝子レベルでの個体差に合わせた医療)、分子治療、細胞遺伝子治療などの研究と確立や、医工学を駆使した低侵襲医療、脳神経科学への応用などがある。前者の分野では癌、免疫疾患、糖尿病や虚血性血管疾患などのいわゆる生活習慣病関連、難治性疾患、細胞再生・移植医学、治療の確定されていない感染症の治療や予防などが主な研究対象である。後者ではロボット工学を用いた手術、腹腔鏡や非有線式カメラなど内視鏡技術、カテーテル経由の血管治療、脳神経損傷に対する工学応用などが代表的である。ブラジルではどのような事がされているのだろう?先端医学で最も目を引くのが、脊椎障害に対する対策として、脳波で制御する外骨格(exoskeleton)の研究であろう。これはサンパウロ大学出身の米国Duke大学教授のNicoelis医師の研究であり、去年のワールドカップのオープニングでかの外骨格を着用した脊椎麻痺の29歳男性がサッカーボールを蹴る場面(写真)が有名である(開催式の一部であり、平行して他の催し物があったのでテレビでは1秒しか映らなかった。そのため実際本当に作動したのかどうか議論があるが)。その他、サンパウロ大学で糖尿病治療として幹細胞を使った膵臓細胞再生の研究やリオデジャネイロのFIOCRUZ(Fundação Oswaldo Cruz、オスバルド・クルス財団、連邦政府の保健省の外郭団体)のデング熱ワクチン開発などが挙げられる。FIOCRUZは1900年創立当初からブラジルの感染症系の先端医学を担っているといえるであろう。元々ペスト対策に創設された機関であったが、クルス博士主導で当時ブラジルの首都であったリオの黄熱を駆除した実績がある。最近では中南米で初めてHIV菌を分離したり、開発途中のシャーガス病の治療薬やマラリアのワクチンの研究などがある。広い国土の上、医療格差が激しい当地で最も期待される先端技術は遠隔医学(telemedicine)であろう。これはインターネットなどの通信技術を活用して、診察、診断、治療をする行為である。例えば、僻地の医師が医用画像を中心地の専門医療機関に送信して、診断の支援を仰ぐ。そして、一番高度な行為は遠隔手術だとされる。しかし、お粗末なブラジルの通信事情では実用化が困難であるのが現状である。

臨床方面での先端医学

ブラジルの医療で世界にも誇れるのは、臨床方面であろう。ブラジル人は意外と器用であり、好奇心旺盛で、新興的社会のため元からの慣習やしがらみが少ないので新しい技術や知識に対する抵抗が少ないように思われる。この例として、心臓移植手術と肝臓移植手術はどちらも世界で2例目であったことが挙げられるのではないか。慣習の例としては、医療鍼灸が典型的ではないだろうか。日本ではもとから東洋医学が存在したが、明治政府により禁止され再度医療システムに完全に取り入れられるまでに130年ほどかかっている。禁止の派生で鍼灸師制度が出来たので鍼灸そのものは存続したが、医師は鍼灸を敬遠したのだろう。当地ではこのような歴史がないので、1980年代までは冷たい目で見られていたが1990年代に10年くらいでアッサリ伯国医師会の分科会にまで成長した。

ブラジルの医療ツーリズム

サンパウロ市の第一線の病院では外国の患者が治療受診に訪れ、増える一方である。この10年間で毎年15%の増加率の試算がある。連邦政府観光局の統計では年間6万人程度が医療観光にブラジルを訪れるとするデータも存在する。この現象はまず、当地トップクラスの医療機関は米国の同クラスの機関と差異が無いからであると考える。また、医療内容もさることながら、(まだ)人件費が比較的安いので医療スタッフを大量に投入でき、病院のいわゆるホテル機能が大変優秀であることも人気の一員にあると思われる。邦人でこの事実を活用しているのは駐在家族の奥様方ではないかと思う。然り、「わざわざ」ブラジルで出産をされているケースをよくみるのである。語学や習慣の違いの問題以上にメリットがあるからであろう。日本人を含む外国人がよく受ける医療行為は、癌治療と皮膚科エステ関連、人工授精、外科では美容形成、歯科、整形外科、心臓循環器系、神経外科、肥満外科手術などである。特に美容形成手術は世界的にも有名で、最も著名なのはイーヴォ・ピタングイ博士であろう。リオのボタフォーゴ地区にあるクリニックには世界中から患者が受診し、特にアラブの王室のお気に入りであることは有名である。皮膚を露出する機会が多く、美容を重要視するリオならではの現象である。

「Mais Médicos」の問題点

最後に紹介したいのが、先端医学ではないが、先端医療政策といえるのが、現政権が2013年に開始した「Mais Medicos」(直訳:もっと医者を)政策で、ブラジルの医療過疎や偏在を解決しようとするものである。まず国外で医学を学んだ医師免許の怪しいブラジル人やキューバ人医師を1万5千人程度過疎地に投入する。平行して、2018年までに1校100人位の医学校を110~120校創立して、毎年11000人医師を増やすといった無謀な政策である。世界的にも例のない試みである。当地の医療過疎は医学校の不足から来るモノではなく、地方に医師を分配し、根付かせる政策が無いのが問題の根本にあり、そのあたりを整備しないでは先が思いやられる。

2015年2月6日執筆


 

解禁状態だな、キス。けど、汚ったね~

By: Kazusei Akiyama, MD


2015年03月

今月のひとりごと:『解禁状態だな、キス。けど、汚ったね~』

さてまたカーニバルの時期が来ました。正確にいうと、時期が去ったのですが、今年は早めにあったので良かったです。当地に住むと解るのですが、ブラジルでは「カーニバルが済んでようやく一年が始まる」のでようやく仕事に取り付けるといった所です。カーニバルネタは毎年あるのですが、ここ数年前から加速している現象で、今年はすっかり定着した感じの「beijo na boca」についてのひとりごとです。

『直訳すると、「口にキスする」で、この場合は濃厚接吻、ディープキスのことだな。で、どんな現象かというと、お祭り(この場合は公道でのカーニバル騒ぎ)で群衆が集り、すれ違った不特定多数の人とディープキスをするのだ。大抵は男女のパターンだが、男x男でも女x女でもよい。できるだけ多くの他人とキスするのがいいのだそうだ。強制的にするのではなく、ま~遊び感覚でやるわけだが、医学的に観て全然お勧めできることではないよな。お互いの同意の上成り立った行動なので、法的には問題がないが(註1)しかし、汚いと思うぞ。』

日本の文化でもキス、接吻は愛情の表現であり、性的行動の一部でもありますね。西洋でも愛情の表現ですが、やり方によって、度合いが違います。つまり、額にすると、親愛、頬だと単なる挨拶(註2)、口だと愛情、さらに濃厚な口だと性行為といった位置づけになります。挨拶以外は、いわゆる「気持ちの良い、良くさせてくれる」行動に当たります。で、今回のひとりごとの現象は①できるだけ気持ちよくなりたい、②特定のお付き合いはしたくない(註3)が合わさったものではないかと考えます。はっきりいって、この現象のキスは性的行動と取れるでしょう。

『で、当事者達は性交までいってないので安全だと思っているらしい。性交「よりかは」安全かな。しかし、キスで伝染する病気などいっぱいあるぞ。しかも、完全治癒しないものまで。反対に性交のほうが、機械的なバリアを使用することが出来るので(註4)キスより伝染性が低いかもしれない。口の中(医学的にいうと、口腔内)はバイ菌がとてつなく多いぞ。場合によっては肛門より細菌が多い(註5)。年齢とか歯の有無にもよるが、一般的に口腔内には300種類以上の細菌が存在し、その総数5000億個くらいある!(註6)』

キスによって伝染する疾患をまとめてみると次のようになります。典型的な「キス病」とされるのが、Epstein-Barrウイルス感染である伝染性単核球症(infectious mononucleosis)です。重症化する事が多い細菌性髄膜炎。でも頻度の多いのが唇ヘルペス(1型ヘルペス)で、これは一度感染すると一生治らない。さらに、A型とB型肝炎。人パピロマウイルス。梅毒。歯周炎、虫歯(註7)。風邪、感冒。アメーバやべん毛虫のような原虫系寄生虫。真菌症。都市伝説ではキスによるAIDS伝染がありますが、これは科学的に証明されたことがありません。感染症の治療が進み、ちょっとしたことでは命にかかわる事がなくなってきた(註8)のがこの現象を助長しているのではないかと思う筆者でした。

医学の進歩も善し悪しでしょうかね?


  • 註1:2009年にブラジル刑法の部分改定があり、強姦や性的虐待の定義が変わり、キスでも強制的にするとこの法に触れる可能性大。
  • 註2:この挨拶のキスがブラジルの地方によってやり方が異なる。サンパウロでは1回(右側)、リオとミナスが2回(右左)、北やかなりの田舎にだと3回(右左右)なのだ。特にサンパウロ市では1回以上頬キスしようとすると、「田舎者」とバカにされる事があるので注意!
  • 註3:最近は特定の人としっかりお付き合いしないのがトレンドらしい。自由が良いとか、面倒だとか、色々理由があるようだが、反面、寂しい人間を大量に産出しているのではないかな?多数に囲まれた孤独。
  • 註4:コンドームのことだな。
  • 註5:この「場合によって」は簡単になる。1日歯磨きしないと、口腔内細菌数が爆発的に増える。
  • 註6:キスをたくさんすると勿論増えるが、ある一定の数になるとそれ以上は飽和状態になるので増えない。
  • 註7:そう、虫歯の原因のバイ菌がうつるのだな。
  • 註8:特にHIVの治療が確立され、AIDSで死亡することが激減したのが、今回のような現象の行動と関係があるだろう。20年前まで、HIV陽性は死の宣言であったのが、現在では「単なる感染症」の位置づけになってきている。

 

胃カメラと東西考

By: Kazusei Akiyama, MD


2015年01月

今月のひとりごと:『胃カメラと東西考』

新年明けましておめでとうございます。22人の読者様に今年もぜひご愛読いただけるように頑張ろうと思う筆者です。年末年始は例年のクリスマスデコレーションが減った感じでしたね。去年はW杯と大統領選挙があったので、企業の協賛や献金が多く、年末には弾切れになったとどこかで解説してました。また、サンパウロでは水不足が深刻で、毎日の生活に影響を与えるかどうか心配です。新年から盛り下げる話題で申し訳ありません。

さて今月のひとりごとは苦痛に対する東洋と西洋の考え方の違いです。勿論東西どちらも苦痛を嫌いますが、その苦痛であるとする感覚は違います。おおざっぱにいうと、西洋では痛みとは「良くない事」であり、廃除すべきモノの一つに挙げられます。東洋では痛みは「生理現象の一つ」であり、自然の一部と捉えられるのではないでしょうか?東洋では多少の痛みは「苦痛」とまで考えないので、指圧や鍼灸など若干痛みが伴う手技が発明されたのではないかと考えます。反面、西洋の文明に影響が多大なキリストが最後にイバラの冠を着けられた事に象徴されるように、痛いことは悪いことであると捉えられるのだと思います。この違いを日本人には経験が多い「胃カメラ」で考察します。

胃カメラは内視鏡検査検査の一種です。内視鏡検査は、医療で光学系の器機を用いて人体内を観察する検査です(註1)。有線式のいわゆる胃カメラや大腸カメラ、腹腔鏡、気管支鏡、血管内視鏡などと非有線式のカプセル内視鏡がありますが、後者はまだ一般的ではありません。なぜ「胃カメラと日本人」かというと、日本人種は世界で一番胃癌の多い民族であるからです。この背景があるからこそ、「胃癌検診のシステム構築」、「世界で類を見ない胃レントゲン造影(バリウム検査)の技術」、「胃カメラの開発」があったのです。ブラジルを含む欧米では、胃カメラ検査は「麻酔」や「鎮静剤」や「鎮痛剤」を投与して意識がなく、眠った状態でするのが普通ですが(註2)、日本ではそうでもありません(註3)。

  • 註1:広義では直接観察しにくいモノの内部を観察する器機や検査を示しますが、ここでは医療用の話しです。
  • 註2:ここでは麻酔や鎮静剤や鎮痛剤を総じて「麻酔」とします。
  • 註3:日本では最近、無痛内視鏡とか睡眠内視鏡などと呼ばれる。

『麻酔を使う使わないは医療が進んでいるいないの問題ではなく、痛みに対する捉え方が違うからだぞ。どちらも利点不利点あり、何を重要視するかかによるのだな。麻酔を使うとそのための事故があるのだな(註4)。表に使用不使用のメリットデメリットをまとめた。胃カメラの麻酔は必須ではないのだが、当地では麻酔事故のリスクは無しのリスクを上回るを考えられているのだな。麻酔をして手術するのが当たり前感覚。全然議論にもならない。反面、日本では機器の進歩(この場合は内視鏡の細経化)と医師の技術向上があれば麻酔は邪道と言う考え方が主流なのだな。実際にはブラジルで初めて麻酔胃カメラをした患者さんは「とても楽で、今までのは何?」といった意見がほとんどだな。大腸カメラになると、さらに麻酔の効果が顕著だな。』

  • 註4:死亡事故もさることながら(10万件に1例くらいの頻度)、麻酔下検査後、事故や合併症を起こして救急医療を受ける頻度が統計がある米国では「看過できない」とまで報告されてます。

表をみるとどちらの方法が良いとは断言できないと思います。胃癌が多い邦人、特に男性は40歳を過ぎたら必ず毎年胃の検査をするのが理想的です。その時、どのような検査をするか、そして麻酔の使用の有無を主治医に相談していただけたら幸いです。

  • 註5:消化器粘膜を伸ばしてヒダとヒダの間をちゃんと観察するため。

チクングニア熱が来るぞ!

By: Kazusei Akiyama, MD


2014年12月

今月のひとりごと:『チクングニア熱が来るぞ!』

今月はひとりごとというより、医学情報です。当地サンパウロでは雨が少ない今年ですが、これより雨期に入りますので、例年の大水に関連する病気(註1)が増えます。レプトスピラ症はネズミの尿に触れなければ感染しないので、洪水時に泳がなければ大丈夫ですが、面倒なのは「蚊」が媒介するやつです。この所、日本でも「デング熱」が国内で出現し、話題になってます。また、怖いのが「エボラ出血熱」。これは何時流行地のアフリカ西部を出るか、や、治療薬で日本製の抗生剤が有効の可能性があるなと注目を浴びてますね。なぜ怖いかというと、とにかく致死率がとんでもなく高い。罹患すると半分は死亡する感染症です。しかし、比較的静かにブラジル国内に輸入されているのが「チクングニア熱」です。

日本語では「チクングニア」または「チクングンヤ」と標記される(註2)ウイルス性の感染症です。なぜ出血熱の話しにチクングニアが出てくるかというと、感染には「蚊」が媒介するからで、この蚊がデング熱や黄熱、マラリアなどを媒介するのと同じ「ネッタイシマカ」や「ヒトスジシマカ」によるものであるからです(註3)。つまり、感染経路がまったく同じであるのですね。当地の保健関係の監督局では例年のデング熱に合わせ、チクングンヤ熱も流行するのではないかと大変警戒しているもようです。ブラジルでは国内感染例はまだなく、今年の9月よりカリブ海地域からの輸入が報告されてます(註4)。蚊に媒介される感染症は発病している人間を吸血することにより、感染が広がります。ので、発病中は隔離して、蚊に咬まれないようにするのが感染散布の予防の一番重要なとろろですが、デング熱の流行をみても解るように、ブラジルの現状では無理な相談です。また、デング熱と症状が重複することから、来年の夏の熱性感染症ではデングとチクングニアを鑑別する必要があるのも難題の一つです。

チクングニアとはアフリカの現地語、バント語で「折り曲げる」意味で、これは一番主特徴、関節痛のためです。発病者は関節痛のため、「屈んで歩く」のでこの名称が定着しました。潜伏期間は3日~1週間程度で、急激な高熱(38.5℃以上)、発疹、激しい関節痛を起こします。その他、頭痛、全身倦怠感、嘔吐、筋肉痛、結膜炎、リンパ節腫脹などが現れることがあります。重症例では出血や脳症がありますが、致死率は低い感染症です。

チクングニア熱の特徴の関節痛は四肢に強く、遠位かつ対称性(つまり末端にいくほど強く、左右対称に出現する)で次の順に多く見られます:手首、足首、指、膝、肘、肩(註5)。症状は数日から2週間程度続き、ほとんど後遺症なく終焉します。

予防は蚊に刺されないことが中心になります。予防薬も治療薬もありません。投薬は対処療法のみで、ブラジルの場合、前出で説明したようにデング熱の可能性もありますので、解熱鎮痛剤はサリチル酸系(アスピリン系)使用は禁忌です(註6)。デングとチクングニアの鑑別は特異的症状が無い限り、血液検査をするしかありません。今年の夏の高熱は例年よりも注意が必要ですね。高熱の場合、早めの受診をお勧めします。


註1:都市部では蚊とデング熱、ネズミとレプトスピラ症。ブラジル内部では蚊と黄熱が追加。

註2:ポルトガル語では chikungunya または chicungunha。

註3:エボラ熱も蚊による感染説が浮上してきている。

註4:2014/10末までブラジル全国で828例確認されている。

註5:腰、頸椎はめずらしい。

註6:出血が悪化するため。


たかが下痢、されど下痢。

By: Kazusei Akiyama, MD


2014年11月

今月のひとりごと:『たかが下痢、されど下痢。』

今年の5月に便秘のひとりごとをしたのですが、好評でしたので今月は下痢の話しです。

排便は生活の一部ですが、以外と医学で問題視されていないのではないでしょうか?その証拠の一部に「毎日快便」のようなアプローチはどちらかというとサプリメント関連の業界からされていると思います。便秘と下痢、どちらも排便の異常ですが、まだ下痢のほうが医療に重要視されているでしょう。それもそのはず、下痢は子供の死因の大原因のひとつなのです。現在の日本やブラジルでも考えられなくなってますが、世界的にみると年間76万人の五歳以下の子供が下痢のために死亡してます(註1、註2)。これらはアフリカや南アジアなど、まだまだ上下水道などのインフラ整備や医療が進んでない所の事情ですね。このコラムの22人の読者様の事情はそういったものではありません。

まず下痢の定義ですが、普通便より水分の多い液体状便のことを指します。形状により、軟便、泥状便、水様便と分類しますが、はっきりした区切りは無いです(註3)。ほ乳類は通常大腸で水分を吸収する構造になってますが、何らかの原因でその水分が十分吸収されないまま排便されたのもが「下痢」です。また、吸収の問題ではなく、腸から水分が排出される状況もあり、これはさらに重篤な状態です。下痢の原因は大きく分けて、「食べ物が良くなかった」と「腸が病気になった」です。

食べ物が良くなかった(あるいは食べ方が悪かった):暴飲暴食と 食中毒ですね。食べ過ぎ、大量飲酒、冷えた飲食物、油や刺激物や人工甘味料の大量摂取、乳糖不耐症、下痢をするモノの摂取、海外での飲食、アレルギーなどです。

腸が病気になった:感染症、ストレス。吸収不良症候群、炎症性腸疾患(註4)、甲状腺機能異常、糖尿病、薬の副作用、大腸癌、お腹を冷やす、などです。

『筆者の診療所に来られる下痢の患者さんのほとんどが感染症が原因だな。ノロとかロタとかウイルス性が多い。いわゆる腸風邪だな。でも当地でバカにならないのが寄生虫。アメーバとかべん毛虫など肉眼で見えない虫の感染が結構あるぞ。まだまだ後進国だからな。患者さんは「そんな汚い所で食事してません!」とかおっしゃるが、「キレイな所」で下働きしているのは「汚い所」に住んでいる人だったりするのだな。意外と多いのがストレス関連の下痢。不安神経障害の症状の一つだな。ストレスイコールだれでもなる訳ではないけど過敏性腸症候群になりやすい体質だとよくあるぞ。』

この話しには必ず「下痢止め」云々がありますが、ほとんどの場合、体の防衛反応としての下痢なので、止めるとかえって悪化する事になります。ので、ちゃんとした診断がないかぎり、下痢止めは服用すべきではありません。 腸の病気の分類は感染症とストレス系をのぞくと重要な疾患ばかりです。下痢が1ヶ月以上続く場合はどこかおかしいですから医者に診てもらったほうが良いと考えます。


註1:5歳以下子供の一番の死因は肺炎。

註2:これでも減ったのだな。30年ほど前は年間500万人くらいだった。ブラジルも多かった。

註3:軟便と水様便の違いは一目瞭然で解りますね。

註4:潰瘍性大腸炎、クローン病、腸ベーチェット病など。


意味の無い検査は…意味が無いぞ。

By: Kazusei Akiyama, MD


2014年10月

今月のひとりごと:『意味の無い検査は…意味が無いぞ。』

このコラムの22人の読者様、皆様お元気でしょうか?今月は「検査」つまり、「臨床検査」のひとりごとです。検査は医療のなかで診断にたどりつく手段であることはあまり説明が要らないと思います。そういった意味では問診や聴診も臨床検査ですし、体重測定もそうです。しかし一般的に検査というと検体検査と生体検査が臨床検査と理解されていると思います(註1)。

『要するに、検査をして医業の目的の一つ、診断に行き着くのだが、現在の医療のやり方をみていると臨床検査そのものの一人歩きがあるのではないかと思うほど「検査」を重要視する傾向にあるだろう。元々臨床検査は医学教育の過程で「補助診断(註2)」と呼ばれ、問診と診察、つまり医師が患者を直接診る行為こそが病態把握に最も重要であるとの考え方を教えるものであるのだな。実際、臨床学の大先生に言われたのが「ちゃんと問診と診察をすると8割方診断がつく、残り2割の疑問点などを臨床検査で確認する」であったのだ。ここでのポイントは「確認する」であって、なにか解らんから検査で決めることではない。』

いわゆる検査で病気の有無を決定するのは実は大変な問題があるのです。画像に写ってないから陰性であるとか、検査が陽性であったから病気ですとか一般的にはそのように考えるのですが、人間がかかわるすべての物のとおり、「検査ミス」の問題もありますし、またすべての検査にまとわる「感度」と「特異度」といった特徴のため、偽陽性と偽陰性があります。

『例えば血液検査の結果は数字で出ると、なにか正確な感じがするのだが、検査ミスでその数字が検出されている可能性があるぞ。有名な話しで、1970年代米国CDC(註3)が米国の検査ミスを調査した結果、ミスが全体の25%以上もあった。4分の1だぞ!仮にミスがなかったとしても、どの検査にも感度と特異度という概念があり、結論からいうと100%正確な検査は地球上存在しない。簡単にいうと感度とは「その検査がどれだけ目的の変化を検出出来るか?」であり、特異度とは「その検査はどれだけ目的の変化を検出するのに向いているか?」といえるだろう。例えば、頭痛の検査で心電図は向いていない。あるいは子宮癌の検査でレントゲン撮影は感度が低い。感度が高くて特異度が低い検査は偽陽性、つまり病気がないのに陽性と出る確率が高くなる。特異度が高くても感度が低い検査は偽陰性、つまり病気があるのに陰性と出る確率が高くなる。前者は本当に病気である人を見逃す確率が減るが、無い人を正しく診断できない。後者は前者のように無い人を病気であると診断しないが、あるひとを正しく診断できない。』

この様な現象を理解しながら診察しないといけないのですが、一般的な医療実態ですと診察時間が短く、医師が熟考する時間がないので、補助診断であるべき検査に頼ってしまうのですね。また、場合によっては病院や医療機関の収益のために検査をだす事もあるでしょう。なにがなんでも「検査」が良い訳ではありません。前出の偽陽性ですと、不必要に心配しますし、確認の精密検査などさらに費用やリスクがかかります。また、検査の概念に「侵襲性」があり、感度も特異度も高くても高侵襲であるとトラブルになる可能性が高くなります(註4)。

『さらに、検査は診断のみに影響をあたえるものだけではなく、治療にも影響をあたえるものでないと意味がない。例えば、インフルエンザはA型とB型があるが、検査によりAかBが出ても、治療は同じだし、一般臨床現場では予後は同じなので、はっきりいってどっちでもいいのだな。反対の例はウイルス性肝炎の場合、A型、B型、C型、その他あるが、型によって治療薬や予後が異なるので判別が重要である。また、必ずしも検査に陽性を求める訳ではない。場合によっては、「ほら、何もないですよ」と患者さんを安心させるために検査をすることもあるぞ。』

ということで、「検査」は「補助診断」と位置づけする医療が患者さんにとって一番良いのではないか?と考える筆者でした。


註1:検体検査とは血液や尿、組織サンプルなど人体から採取した検体を試験所に持ち込み検査する。生体検査はレントゲンやMRIなどの画像診断、内視鏡や眼科の検査、負荷試験や機能検査など人体を実態で検査する。

註2:ポル語ではexames complementares、英語ではsupplementary testsやcomplementary diagnosis examsなどと呼ばれる。

註3:Centers for Desease Control、疾病対策センター。主に感染症の世界的権威。

註4:大まかに、侵襲的検査、低侵襲的検査、非侵襲的検査に分類される。英語でinvasive test (examination), little invasive or minimally invasive, non-invasive test。


熱中症の反対かな?

By: Kazusei Akiyama, MD


2014年09月

今月のひとりごと:『熱中症の反対かな?』

サンパウロでは相変わらず乾燥した毎日が続きます。この原稿を書いている日は湿度が14%、気温はこの冬一番あつい32℃を観測し、健康上非常に危険な状況です。気温と湿度の組み合わせは人間の生活に影響を及ぼします。湿度とは「大気中に含まれる水蒸気量を数値で表したもの」です。(註1)。低いほど水蒸気量が少ないので乾燥している事になりますね。ポル語の標記は「umidade relativa do ar」です。湿度の話は2012年9月にも「加湿器」についてひとりごとしてますのでご参照ください。

健康上の影響を考えると、例えば日本ではいわゆる高温多湿な夏期で「熱中症」が、冬期に「乾燥注意」が関係します。前者は暑さのため熱射病や脱水がおこり、ひどい場合死亡例もあります。後者の乾燥はインフルエンザが関係しているので、最近ではインフルエンザ警戒に乾燥をモニターするスマホアプリまで出てきているようですね。これはちゃんとした理由があり、湿度が20%を切るとインフルエンザウイルスが繁殖に好む環境になるからです(註2)。当地でも冬期に乾燥しますが、日本のように寒くなる訳ではありません。どちらかというと8月9月は冬でも暑くなる事が多く、そのため光化学スモッグが発生(註3)しやすい環境になり、それは湿度が低い状況と重複するので健康被害を起こしやすくなります。

順調に生活できる湿度は60%前後とされてます。はっきりした定義はありませんが、それ以上だと多湿でありいわゆるジメジメした感じが強くなっていきます。それ自体が不快であるし、カビなどが繁殖しやすい状況ですのでそれが健康を害する原因になりかねません。多湿に高温が重なると、熱中症が発症する環境になります。しかし、当地ではそれほど高温にも多湿にもなりません。健康上問題があるのは反対に低湿+光化学スモッグ+元々冬なので呼吸器感染(風邪ですな)のこの今の季節です。カンピーナス大学(UNICAMP)の研究(註4)をベースにしたブラジル独特の湿度に関する警報・注意報があります(表1)ので参考にしてください。

乾燥すると次のような症状・現象が現れます:

・呼吸器系の疾患やアレルギーの悪化

・鼻血

・皮膚の乾燥、唇のひび割れ

・目がチカチカする

・静電気の発生

・農地や森林での火災

対策は緊急報がでた場合は加湿が必要ですが(註5)、それ以外は水分補給が主になります。22人の読者様の各自宅に湿度計があれば良いのですが、最近はパソコンやスマホ用の気象情報アプリが充実してますので、予報をみながら乾燥の予防をお願いしたいものです。


註1:日常的にみる湿度は相対湿度とよばれるもので、ある気温の飽和水蒸気量に対する実測値を比率で表すので、%表示になります。他にも絶対湿度があります。

註2::インフルエンザウイルスは低湿度、低気温、暗い場所で繁殖するのでつまり冬にはやる訳ですな。詳しくは2009年5月のひとりごとをご参照ください。

註3:光化学スモッグはからっとした晴天の日にしか出現しない。サンパウロでも夏のほうが日照が強いが、夕立などスコール系の雨が多いので条件が揃うのは冬期になる。

註4:CEPAGRI, Centro de Pesquisas Meteorológicas e Climáticas aplicadas à Agriculturaの研究。

註5:加湿器や濡れタオルなどで。


ボロ負けしたほうがモテるんだ…

By: Kazusei Akiyama, MD


2014年08月

今月のひとりごと:『ボロ負けしたほうがモテるんだ

ようやくFIFAのワールドカップ2014が終わり、1ヶ月間麻酔状態であったブラジルの社会が麻酔から覚めてきたところです(註1)。このコラムの22人の読者様はどのように1ヶ月間すごされたのでしょうか?暴動が起こるだの、社会インフラができてないから大失敗するだの開催前はさんざんな見立があったブラジル杯はなんとか無事に終了はしたのですが反対に前評価が悪かったために「なんだ、ちゃんとできたじゃない」とか「「予想に反してすばらしい出来であった」とかの意見が多かったですね。しかし、これには当地で開業している筆者から言わせてもらうと、「ブラジル全体が1ヶ月の休みにしたから(なったから)なんとか上手くいった」としか言いようがないと思います。もちろん正常な社会経済活動はなかったし、経済的なダメージも膨大なものなったのは間違いないでしょう(註2)。

でも、「なんか理不尽…」というのが、ブラジルで開催されたワールドカップが終わってからの心境でした。ブラジル人の心境ではなく、筆者のです(註3)。もちろん説明が必要です。準決勝戦でドイツに7X1で惨敗して、その後3位決定戦でオランダ3x0でダメをだめ押しされた後、セレソンの選手達を指しての女性のコメントが「気の毒」から「かわいそう」をとおり「アーよしよし、ダッコしてあげたい」まであったのですね。その上で、「母性本能をくすぐられた」とか「だめな息子を戦場に送り出す母の気持ちはこうなのか」とか女性達の説明を聞いていると理不尽だと思う反面、「はは~、なるほど」と結構納得した面もあったのです。男性と女性は色々違う!と言うまでも有りませんが、その違いをはっきり見せて(見せつけて)くれた大イベントでしたね(註4)。

『それでそのくすぐられる「母性本能」とやら、どういった物か?医者として、あまり疑問に思ってなかったのですが(註5)、調べてみるとすごく議論がある(社会人類学的見解や心理学的見解)のと、恋愛の手段としての位置づけがある(母性本能を利用して女性にモテる)のが見つかった。結論からいうと、前者はピントがずれているのでは?後者は今時の「草食性男性x肉食性女性」なる時期を航海するための手段?と思ったぞ。この後者の「今時の現象」があるため、または至ったための前者の議論でもあるけど。要するに、母性本能があるのかないのかの大議論があるのは本能のような非理性的な生物現象を人間の理性で勘案するからでないかと思う。母性本能を「もっているだろう(あるだろう)」「もっている(ある)」「もっていない(ない)」「もちろんもってる(もちろんある)」などの議論は医学的観点からいうと不毛で無駄であると思うけど。それで少子化や晩婚、未婚などの議論に突入するのだな。

理性的な母性、またはそれに関する議論、つまり、母親になるか(註6)どうかの「理性的母性」の話とごっちゃになってる(註7)あるいは、学習するものである(から学習したものがもってる)とか。医学的にいうと「ほ乳類と鳥類の雌に見られる、生理的な、繁殖と養育に関する反応であり、人類にも認められる」だと愚考する。』

こんな事「も」考えさせられるW杯でした。さて、仕事仕事!


註1:そう、麻酔状態です、陶酔状態の誤字ではありません。

註2:例えば、期間中懸念されていた空輸は問題なく稼働したわけですが、これはビジネスユーザーが激減したためと説明されている。ホテル業界でも結局空室が結構多かったのもそのためとされている。

註3:ブラジル人の心境は一言でいうと、「唖然」でしょう。

註4:ここまで負けるか。

註5:本能は存在するから、また、日常的にそれが観察できるから。良い例が赤ん坊です。おっぱいに吸い付くとか、不快であれば泣くとか。

註6:「母に」なるか、なりたい、なりたくない、ならない、なれない、ならないといけない、なるだろう、なるのか、などなど、延々と続くぞ…

註7:他にも母性があり、混同されているのが判る:母性(maternity)、母性本能(maternal instinct)、母性愛(maternal love)、母性的行動(maternal attitude)。これらは定義が違うぞ!


腹が立って…

By: Kazusei Akiyama, MD


2014年06月

今月のひとりごと:『腹が立って…』

「…しようがない」のと「…どうしていいのかわからない」のがワールドカップを前にしたブラジル人の心境ではないでしょうか?というのが今月のひとりごとです。このコラムの22人の読者様の一人に「最近治安が悪くなっている」との指摘があり、これをテーマに風が吹けば桶屋が儲かる式に少し考えてみたいと思います。

『治安が悪くなっているというか、どちらかというと社会全体が暴力的になっているのではないかと思うぞ。ブラジルの80年代は非常に治安が悪化した時代であったが、その時の状況とは違う。かの時期はあまりにも貧富の差が激しく、生活の糧として泥棒するのがもっと頻繁であった。その過程として、暴力が使われた。「泥棒のツールとしての暴力」だな。それから30年以上たった現在では前より貧困層が少なくなっているのは間違いないので、「食べるのに困って泥棒した」パターンは激減したであろう。であれば単純に盗難などが減るはずであるが、そうではないのだな。警察を管轄するサンパウロ州政府の発表では、今年の第1四半期の統計では強盗の件数が32.5%増加したとのことだ。反対に窃盗や単純殺人は現象のトレンドにある(註1)。「暴力のツールとしての泥棒」だな。また、この所頻繁に起こっているlinchamento(リンチ、私刑)は新しい社会現象であり、これも暴力の表現方法だな。私刑は集団暴行の一種だが、「処罰」が関係する(註2)。身内の殺人などもあるぞ。』

このように観ると、暴力の蔓延が起こっているとまでいえるのではないでしょうか?ブラジルだけの社会現象ではないでしょうけど。

『社会人類学にはculture of fear「恐怖の文化」というものがある。現代の西洋社会に存在する現象とされ、単純にいうと「社会の中には常に何かに対する恐怖が存在する」、「そしてそれを経済的利益のため煽る集団がある(註3)」だな。昔からのアメリカの何らかの脅威に対する銃社会や、最近欧州の移民の脅威に対する民族排他的政策の支持が主な例であろう。「それみたことか」的な惨状の報道はメディアの大きな飯の種だし、欧州の例であると、政治的集団が優位を得るための手段であると考えても妥当であろう。ブラジルでは前出の治安悪化に伴い、この恐怖の文化が発展した。この時点から利益が出たのはセキュリティの関連企業だな(註4)。テレビなどは惨状専門番組などを作るまでに至った(註5)。政治の場面で恐怖が明確に表現されたのは2002年の大統領選挙であった。当時野党であった労働者党が政権をとることに対する恐怖を煽るものであったが、その対象であった党が反対に与党になってしつこくこの手段を使用している(註6)。』

「恐怖心を煽る」のはユダヤ教・キリスト教に基づく西洋文化に根強いですね。全能の神様がすべてを視ていて悪い事をしたら罰する文化ですからね~(註7)。恐怖の文化の結果として、個人は不安になり、自信がなくなり、集団生活をしているのに周りに対する疎外感が現れます。そして、自分が住んでいる場所の連帯感がなくなり、猜疑心が高まり、さらに恐怖がひどくなるといった悪循環に至ります(註8)。危険が多い大都会ほどこの状態がひどく、「群衆の中の孤独」といった事になります。不安がつのると、不安神経症に総括される病気になります。不安そのもの、抑うつ状態、パニック、被害妄想、緊張、苦悩、強迫観念、適応障害、不眠などが症状ですね。

『これにさらに三つの状況が重なると思う。一つが今の政権が12年前から煽っている、polarizationつまり政治的と社会的分極化(註9)だな。もう一つが「nova classe media 新中産階級」の借金まみれだと思う(註10)。そして最後に「ウソのつかれすぎ」だろう(註11)。分極化は社会的緊張を高める副作用があるぞ。借金は苦しいぞ。嘘つきは泥棒の始まりというぞ。このような状況で、結局不安は増えるだけだし、なにがなんだかわからないし、だれもこの苦しみを改善してくれないし、で「腹が立つ」ブラジル人ではないのかな?その噴出したものが暴力ではないかと考察する。組織だったものが抗議デモになり、そうでないものがリンチや強盗やムチャクチャな運転になるのではないのかな?』

今年は大統領選挙があるので、まだまだこの構図が続くのが目にみえてます(註12)。不安を煽りたいわけではありませんが、心配ですね。


註1:窃盗は暴行をともわない、例:置き引きやスリ。

註2:当地では司法がちゃんと機能しているとは言いがたい。裁判の判決が出るのに2~30年かかるのなどざらにあるぞ。ので、市民自身が制裁を下す構図があるのでは?あてにしない現れ。また、今の中央政権がこの12年間あらゆる立法機関の否定を実施した末の、司法機関そのものを否定する行為かも知れないぞ。

註3: あるいは「それを煽る事によって経済的利益を得る集団がある」ともいえる。

註4:施錠、柵、アラーム、ガードマン、防弾車、など。

註5:この手の番組は視聴率を稼ぎやすいのだな。

註6:直近の宣伝では、今年の10月の選挙で現大統領を再選しないと社会保障や職を失うぞといった内容。

註7:さらにユダヤ文化化の場合、もっとひどい。ユダヤ人でない母が子供に「おまえが悪い事をしたら、おまえを殺す」と言うに対し、ユダヤ人の母は子供に「おまえが悪い事をしたら、私が自殺する」と言うといった例えがある。すごいプレッシャー!これでは不安神経症になりますな。心理学の始祖はユダヤ人であったことも偶然ではないだろう。

註8:それでもっと引きこもるのですな。ブラジルの場合、高い塀とガードマンに囲まれたコンドミニアムなどに。で、その中でも隣づきあいもしない…

註9:nós contra eles(我々対あいつら)に代表される。

註10:所得分布が改善したため低階層が中産階級になったと喧伝されるが、本当に起こったのは、銀行融資の民主化だけで、融資にアクセスがあるのと購買力があるのはまったく違う。単純な算数が出来ない学歴では金融リテラシーは望めない。ので、喧伝にのせられ、ガンガン買い物をした結果、借金だらけになってしまった。だまされた!と思ってもおかしくないだろう。

註11:現実を曲げられてばかりだと、しまいに正当の概念が瓦解してしまう。

註12:つまり、もっとウソがつかれまくるので。