頭があるから、そこが痛むのだな

By: Kazusei Akiyama, MD


2016年03月

今月のひとりごと:『頭があるから、そこが痛むのだな』

このコラムの22人の読者様、蚊の対策はできてますか?ここでも予想したとおり、ジカ熱で大変な騒ぎになってますね。海外では特に日本の感心が高いと思います。今年、リオでオリンピックが開催され、次回が東京に決定しているので、日本人が多数視察に来伯するであろうからです。ジカウイルスの伝播速度を考えると(註1)筆者は心配してます。冬期に蚊はいなくなるのですが、それは北半球の寒い冬にいえる事であって、五輪開催中のリオの冬は30℃になる事などザラだし、丁度夏期の日本に持ち帰り、「ジカウイルス日本上陸」もありうるのでは?感染したかも判らない(註2)、感染症としては軽い症状のジカ熱は本当に不気味です。

ジカ熱やデング熱の主要症状の一つとして(註3)、頭痛があります。このコラムは2009年から担当させていただいてますが、振り返ると一度も頭痛についてひとりごとしたことがありません。頭痛は実は一番医療需要が起こる症状です。世界人口の3~4人に1人が頭痛持ちともされていますし、一生の内人口の40%以上が生活に支障が出る頭痛を経験するとも言われてます。分類ですが、まず一次性と二次性に分けられます。後者はジカ熱の様に、器質的・解剖学的な異常など、明らかに原因があるもので、前者はこれらがありません。

『頭痛で生命の危機につながる事があるぞ。というか、生命の危機につながる疾患・状況のため頭痛が起こるといったほうが正しいな。読者様に忘れないでもらいたいのが次の三つの状況である:①突然の頭痛、②経験した事が無い頭痛(註4)そして③悪化傾向の頭痛。これらの3状況のどれでもあると必ず診察を受けるように!』

頭痛の分類と細分類を表に示します。

分類

細分類

特徴

一次性頭痛

緊張型頭痛

tension type headache)

一番多いタイプ。肩こりなど筋肉の緊張とストレスが関連。身体的ストレス:無理な姿勢。枕など寝具の不具合。目の酷使。など。精神的ストレス:心配事、不安、悩み、失望や不満などを抱えることなど。

片頭痛

(migraine)(註5

名称のとおり、頭の片側が痛む。光で誘発・悪化。運動後や緊張が解けた休日などに起こりやすい。一部に前兆がある(註6)。拍動性の痛み。若い女性に多い。睡眠で軽快する事が多いが、起床(光に当たる)で始まる事も多い。原因はセロトニン説と三叉神経血管説がある。

群発頭痛

(cluster headache)

原因不明。何らかの原因で頭部の血管の拡張が関わっている。ずっと頭痛がするのではなく、多い時で1年、大概数年に数回程度、1~3ヶ月のある時期にかたまって毎日のように起きる。痛み方は一次性頭痛では最悪(註7)。

二次性頭痛

頭部頸部血管障害

脳出血。くも膜下出血。髄膜炎。硬膜動静脈瘤。巨細胞性動脈炎。

非血管性頭蓋内疾患

脳髄液圧の変化。SLEやサルコイドーシスなど抗原病性非感染症性炎症疾患。頭蓋内腫瘍。髄腔内投与に関する医原性。

感染性

全身性感染症:風邪、感冒、デングやジカ熱、伝染性単核球症など。頭蓋内感染:髄膜炎、脳炎、脳膿瘍など。

物質の添加あるいは離脱

食品(註8):アルコール。グルタミン酸。亜硝酸塩。グルテン。アスパルテーム。チラミン含有物(赤ワイン、チーズ、チョコレート、柑橘類など)。など。

毒素:一酸化炭素、鉛、硝酸塩。

その他:ステロイド剤、香水、強い光。空腹。頭痛薬のエルゴタミン製剤からの離脱(註9)など。

恒常的な障害

低酸素血症。高二酸化炭素血症。低血糖。透析。月経。経口避妊薬。

頭蓋以外の頭部疾患

緑内障。中耳炎。副鼻腔炎。強度の近視。歯科疾患。脊椎症。など。

精神科領域の頭痛

不眠症。うつ病。双極性障害。

頭部外傷

機械的損傷。

原因はこのように様々ですが、どれも血管の拡張と血中物質による炎症が頭痛を起こすと考えれてます。治療は外科的アプローチできる疾患以外は対症療法と生活習慣の改善になります。とてもありふれた疾患なので、処方箋無しで購入できる市販薬が多々販売されてますが、一般的な頭痛薬を服用したり、生活環境を変えても症状が緩和しない場合は必ず医師の診察を受ける事が大事です(註10)。前出の命に関わるような頭痛でない一過性の頭痛はともかく、「悪化傾向になくても恒常的な頭痛」は診断と治療が必要です。また、食品、薬品、物質などの制限をする方法が片頭痛に効果があるとはすべて科学的に証明されていませんが、これらを制限する事で頭痛が寛解する事が多いので(あるいはこれらを摂取する事で頭痛が誘発されることも多いので)あながち意味のないものとは断言できないでしょう。


註1:現時点の実績:ジカウイルスの伝播速度はデングウイルスの5倍。

註2:感染しても症状がでるのは5人に1人と考えられている。また、症状は軽いデング熱様がほとんど。

註3:もう一つが「全身性発疹」。

註4:first =こんな頭痛は初めて、worst=今までの頭痛で最悪。

註5:片頭痛、偏頭痛とどちらの漢字も正しい。読みは「へんずつう」または「へんとうつう」。

註6:片頭痛の前兆:視覚の変化(視覚暗点、閃輝暗点、一過性半盲)、片麻痺や言語障害など。

註7:死ぬほど痛いと言われ、特に目の奥ががえぐられるように痛い。

註8:科学的解明されてないものもあるが、事例証拠が多数あるものを挙げた。

註9:最近は鎮痛剤も頭痛誘発因子ではないかと考えられてきている。「薬物乱用性頭痛」もそのひとつ。

註10:仮に市販の頭痛薬で症状が緩和されるとしても、それが毎日何年も続くとその薬物のため、他の臓器(腎臓や肝臓)がダメージをうける。


また蚊の話しです:蚊を防ぐしかない

By: Kazusei Akiyama, MD


2016年02月

また蚊の話しです:蚊を防ぐしかない

このところ連続で蚊に媒介される感染症についてひとりごとしてますね。デング熱だけでも大変なところに、2014年よりチクングニア熱、そして去年よりジカ熱が出現し、先月書いた「世界最強のヤブカ」に変身していっている蚊が身近にいることがその理由です。現時点での統計では、2015年にはブラジル全土で158万件のデング熱が報告され(註1)、そのうち、839件の死亡がありました。チクングニア熱に関しては、2014年のブラジル上陸以来、17531件報告があったのですが、先月12月時点で3ヶ月前の9月の件数の34%増ということで、急速に件数が増えているのがわかります。これらもさることながら、今年の夏のトレンドはなんといってもジカ熱、そしてジカウイルス関連の小頭症出産でしょう。去年8月より12月末の統計では3893件小頭症出産(註2)が報告されており、ブラジルの20州、764市町村であったので全国的と言えますが、これらの1/3がペルナンブッコ州で起こってます。

  • 註1:この場合の報告とは感染症法に基づく「届出」の件数です。
  • 註2:小頭症の定義を変更(頭囲34cmから33cm以下に変更)した後の統計なので、前の定義であれば、もっと件数が多いです。

『小頭症はさらに増え、2016年末には1万6千件の予想が政府機関で出されているぞ。これは今後、公衆衛生上大問題になることは専門家でなくても分かる。合併症などの治療や対策で医療費がかなり必要になるだろう。また、80%以上の確立で知的障害者として成長、成人するので、特別支援学校や学級などの整備も必須だな(註3)。12月初頭にWHOが世界的にジカ熱に関する注意喚起を出したのは良いが、昨日、「ジカ熱に対して特に対策がない」と表明した。また、サンパウロ大学の研究でジカウイルスが胎盤を通過することが発見され、小頭症は直接胎児への作用のためである可能性が大になった。』

  • 註3:この体制は現時点では「ありません」。普通の学校もロクにできないのに、特別支援学校なぞ、あるわけないですな。

これら3種類のウイルス感染は現時点で治療方法がありません。感染して、症状があれば対処療法のみです。しかし、蚊の対処はでき、効果があります。今回は蚊とはどういう動物かを考え、それを元に防除を考察します。蚊は昆虫の一種で、35属約2500種おり、地球上に1億5千年以上前から存在してます。これらの一部が吸血し、病気を媒介します。媒介する主な病気は前出の3種類以外に、黄熱、西ナイル熱、日本脳炎、マラリアなどが重要です。マラリアと日本脳炎以外はシマカではない蚊が媒介しますが、今回はシマカの生態と対策についてひとりごとします。

『蚊のエネルギー源は花の蜜など、糖分で血ではないのだな。血はメスが卵の熟成に必要、ので、メスしか吸血しない。シマカが属するヤブカ類は日中、特に午後から夕方にかけて吸血する(註4)。蚊は高い温度、皮膚のにおい、汗(に含まれる乳酸?)、二酸化炭素を感知し、ヒトによってくるのだ。体重は2~3ミリグラムくらい、飛行速度は時速二キロくらいで、あまり早くない。このため、扇風機程度の風で飛行に支障がでるので風は防御の一つですな。一生は卵→幼虫(ボウフラ)→蛹(オニボウフラ)→成虫になり、気温25℃くらいで10日で卵から成虫まで変化する。ボウフラは止まった水のあるところで孵るので、最近うるさく古タイヤ、空き缶空き瓶、植木鉢の受け皿、など、小さな水たまり対策を言われているのだな。池などの大きな水たまりは肉食系の魚(註5)を入れると効果的。魚のいない池や湿地帯では、水面に油膜をつくるのが一番効果的な防除だな。化学的排除、つまり殺虫剤も効くが、これは人間にも害があるので防御したほうがよいと思う。虫除けとして皮膚に塗布するものはDEETが一番効果的だが、これは殺虫効果が無く、厳密には忌避剤である。他の忌避剤としてブラジルで入手しやすいのがシトロネラオイルだな。ろうそくやアロマ、スプレーなど多数市販されている。前出の感知事項から考えると、運動後に刺されやすい。また、身体の代謝が激しいヒトは刺されやすい。飲酒後も二酸化炭素が増えるのと、体温が上がるので、注意が必要だな。黒い色を好むので、黒い服などは避けた方がよい。』

  • 註4:イエカ類は夜吸血するので、寝ている時に飛んでいるのはまずヤブカではないと考えてもよいかも。
  • 註5:特に怖い魚ではないです、金魚でも可。

簡単にいうと、ボウフラを孵させない、ヤブカが吸血する時間帯は特に虫除け対策をする、家の中では忌避剤を使う、だと考えます。



人生に甘いものは?

By: Kazusei Akiyama, MD


2016年01月

今月のひとりごと:『人生に甘いものは?』

謹賀新年。今年もよろしくお願いいたします。この原稿を書いている日は今期の夏が始まった日ですが、いきなり豪雨で2年前までの水不足は一体何であったのか?という勢いです。去年の終盤ではなんといっても米国大統領選でのトランプ氏の勝利(註1)でしたね。あまりにも衝撃が多く、同時に報道された米国各地での「ソーダ税」なるものの可決はチョコッと出ただけで、このコラムの24人の読者様は気付かれたでしょうか?

  • 註1:というか、ヒラリーの敗北と観るか…年始のひとりごとは定期的に米国大統領選がかかりになるものがありますね。

ソーダ税とは、糖類の多い飲料を課税するもので、税金の分類では「Sin Tax」つまり「罪に対する税」というものになり、タバコや酒類にかかる税金と同じ性質のものです。米国ではコーラなどのソフトドリンクをSodaと呼ぶのでソーダ税との名称ですが、導入を検討中の英国などでは砂糖税とも呼ばれます。砂糖に対する課税(註2)ではなく、砂糖含量が多い清涼飲料水に対する税金です。タバコ税が良い例ですが、この手の税金は販売価格を高くし、購入を躊躇させる目的があります。

  • 註2:日本では明治時代から1989年まで「砂糖消費税」が存在しましたが、これは砂糖が贅沢品との位置づけで性質が違います。

なぜ今砂糖税なのかというと、今世界で一番公衆衛生的に恐れられているのは「肥満」です。肥満と合併する疾病は多岐にわたります。簡単にいうと、肥満対策の一環です。わかりやすい例で、「メタボリックシンドローム」があります。メタボは肥満プラス高血圧、高脂血または糖尿病を合併した状況ですね。日本での研究では、45歳時にメタボになっていると、なっていない同世代と比較して30年後の75歳時で医療費が10倍強かかるとの試算があります(註3)。現時点で世界保健機構(WHO)は砂糖(註4)をタバコやアルコールと同様な健康上の危険因子と位置づけてます。日本の厚労省でも「社会環境における健康の決定因子」との認識です。

  • 註3:これが「メタボ健診」の発動の理論的根拠の一つになったようです。
  • 註4:この場合、砂糖とは二糖のショ糖、ブドウ糖、果糖などの単純糖のことです。

ソフトドリンクなど、糖の多い飲料(註5)の大量摂取は肥満や糖尿病、心臓病などと関係があるのは医学界ではすでに常識になっていると思います。ガス入りのソーダ類のみではなく、ジュース類も同じくらい入ってます(註6)ので注意が必要です。もちろんこの措置には是非があり、製造業界は「砂糖のために肥満がおこるのではなく、食べ過ぎと運動不足である」との姿勢で大反対です(註7)。業界でなくても、ソフトドリンクのみ課税して、仮に消費者価格が高くなっても、他の糖入り飲料に移行してしまえば意味がないなどの意見があります。実際この税を導入した米バークレー市では、他市で買う動きが見られ、行政単位で課税しても効果は限られています(註8)。

  • 註5:WHOが推奨する砂糖の摂取量は1日の全カロリーの5%であり、砂糖重量に換算すると大人で約25gです。コーラなどソフトドリンクには10%前後の砂糖が入ってます。350ml入り缶で約35g!一缶で1日摂取量を大幅に上回ることになりますね。
  • 註6:ブラジルの法律では、果実5%以上あればNectar de frutaと表示ができ、健康的な果物ジュースを飲んでいる錯覚になりますが、ソフトドリンクと同じく砂糖含有が多いです。甘いお茶飲料なども同格ですね。
  • 註7:あと、常套句の「売れなくなったら飲食業界の労働者が失業する」もありますな。
  • 註8:医学的な文献を展開した冷静なHP:http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/1054402/112700002/?rt=nocnt

もちろん肥満はソフトドリンクのみのためではないでしょう。現在のとんでもない食生活や運動不足も関連するのは素人でも判りますね。しかし、日本を含め、糖入り飲料の消費は年々増え続けている事実もありますし、肥満が増えているため、それに連動した医療費の高騰も事実ですよね。また、子供の肥満が増えているため医療政策として何か措置をしないといけないのも現状です(註9)。ソフトドリンク規制より、「甘い物の摂り過ぎ」に警鐘がなっている事に意味があると考えます。甘い物を好むのは哺乳類の遺伝子に組み込まれてます(註10)。哺乳類の黎明期には重要であったその好みは砂糖が溢れている現在ではデメリットにしかならないと思います。健康にとって何が良いのかを考える良い機会ですね。

  • 註9:英国のデータで、ティーンエイジャー(11歳~18歳)の40%はソフトドリンク経由で砂糖摂取している事実もあります。
  • 註10:2010年5月のひとりごと、”我々人類の病気も進化のたまものなのだな”をご参照ください。

『肥満以前にも砂糖には問題がある:「虫歯」になるぞ。』


世界最強のヤブカ誕生だな

By: Kazusei Akiyama, MD


2016年01月

今月のひとりごと:『世界最強のヤブカ誕生だな』

謹賀新年。22人の読者様、いつものご愛読、深謝です!今年もよろしくお願いいたします。今年はさらに暑くなるそうで、原因はエルニーニョ現象だと説明が出てます。10月に診療所を移転したのですが、当地ではよくある、工事が納期に終わらなく、エアコンなしの状態で業務開始しました。それで、一番暑い日に診察室内が35℃になり、仕事になりませんでした(註0)。さて、今月もヤブカの話しです。毎年、年末年始に感染症の話しが多いですが、これは暑さと関係があるのですね。通常、1月によく見る疾患は下痢で、これは暑さで食べ物が傷んだり、海に行って汚染された水などで感染をおこしたりが原因でした(註1)。これらの危険性は変わってないのですが、最近はヤブカに媒介される感染症がこの時期警戒しなければならない疾患の一番になった感じです。

『つまり、「デング熱」だな。ところが、ブラジルでは同じ蚊が「チクングニア熱」を媒介し、2014年より警戒対象になった(註2)。それだけでも十分と思えるのに、今年から「ジカ熱」も媒介するようになった(註3)。これは3つとも同じフラビウイルス属であるから同じ媒介方法になるのだな。この3種類のウイルスが同時に伝染するのは世界で初めてらしい。世界最強のヤブカだな(註4)。日本でも去年デング熱が出現したが、世界中でこの手のウイルスは猛威を振るっているのは間違いないだろう。原因の一つに挙げられるのが、地球温暖化だな。蚊は暑い時に繁殖する(註5)。また、関係するのが、都市の巨大化で周りの森林が伐採され、蚊が街に住むようになったり(註6)、街が大きくなり、周りの森林に迫り、森のサルに感染をおこしていたウイルスが、ヒトと接触するようになったこともあげられるだろう(註7)。』

  • 註2:2014年12月でチクングニア熱についてひとりごとしてます。
  • 註3:先月2015年12月のひとりごとをご覧ください。
  • 註4:蚊の名称はすでにメディアでおなじみの「Aedes aegypti」和名ネッタイシマカ。
  • 註5:だから日本の夏の風物詩は「風鈴、うちわ、スイカ、蚊取り線香」でしょう?
  • 註6:デング熱のパターンとされてます。元々ネッタイシマカは黄熱ウイルスを媒介するもので有ったが(今でもします)、熱帯雨林と密接する黄熱ウイルスは森林伐採のため都市部では減ったものの、残った蚊がデングウイルスを媒介するようになった説がある。
  • 註7:これがジカウイルスのパターンです。街が野生に迫る現象ですな。北米で街に熊が出没するのもこれが主な原因とされている。

原因はともあれ、実際ジカ熱が増えていることは間違いないですし(註8)、先月のひとりごとで緊急テーマで扱った「小頭症出産」と関連が除外できないので警戒が必要と考えます。12月12日までのブラジル保健省の統計では20州、549市で2401件小頭症出産があり、そのうち134件でジカウイルス感染が確認されてます。但し、12月4日より小頭症の定義が頭囲33cm以下であったのが、頭囲32cmに変更されてます。ので、前の定義だともっと件数が多いでしょうね。この騒ぎで「妊娠延期勧告」が出てます。まだご覧になってない方はぜひ先月のひとりごとを見てください!

『この最強のヤブカの出現は14年前から続く現在の連邦政府が蚊の駆除を怠ったとの一説がある。実際そうだろう、12月5日に13年ぶりにヤブカ撲滅キャンペーンをルセフ大統領が打ち出した。その時のスピーチで大統領がジカ熱に付言し、こう仰った:「蚊が卵を産みます。その卵の中にウイルスがいて、その卵がウイルスを伝染するのです(註9)」。蚊の卵が飛ぶのだろか?この政府、大丈夫じゃないよな。当てにしないほうがいいです。自分の健康や安全は自分で守りましょう。』

  • 註8:ジカ熱はあまり症状がでません。感染しても2割程度しか症状がでないうえ、症状も強くでない。この6ヶ月でブラジル全国で50万人乃至130万人感染と推定されている。
  • 註9:うそです。蚊の唾液腺にいるウイルスが吸血時に体内に入るのです。

非常に重要ですので、再度妊娠延期勧告の件を記載します。

❶既に妊娠している女性:ノルデスチ地方、特にペルナンブッコ州に旅行しない。また、蚊に刺されないようにする(方法はデング熱と同じです、2010年4月号2014年12月号2015年5月号のひとりごとをご参照ください)。

❷近々妊娠を考えている女性:蚊が媒介するため、蚊の多い夏以降(当地来年の3月以降)の妊娠を勧告。これにより、胎児に影響が出やすい始めの3ヶ月を避けられる。もちろんノルデスチ地方は避ける。

❸妊娠を考えているが、急いでいない(急がなくてもよい)女性:状況がはっきりするまで、避妊を勧告。


でも、死ななくてもよかったのでは?と 今妊娠しないほうがよい。

By: Kazusei Akiyama, MD


2015年12月

今月のひとりごと:『でも、死ななくてもよかったのでは?』と『今妊娠しないほうがよい。』

先月、毎年恒例の「なにわ会健康座談会」なるもので講演をしたのですが、その時、22人の読者様のうち、お二人が筆者を直接見たいとわざわざお越しいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。有意義な講演であったでしょうか?これで、あと20人お近づきいただけたら読者様全員顔見知りといった計算になりますね。

さて、先日、元横綱の北の湖親方が62歳で急死されました。現行していた九州場所途中の訃報です。謹んでお悔やみ申し上げます。3年前に直腸癌を手術、その後、腎臓を悪くするなど健康上の問題が色々あったようですが、死ぬ前日まで仕事をこなされたそうです。北の湖親方は日本相撲協会の理事長を務められ、相撲業界で続いた八百長問題や麻薬疑惑などの不祥事の粛正に尽力された事は周知のとおりです。

『この話しを聞いてまず思ったのが、「日本的美」の一種の死に方だな。なんと我慢強いのだろう。色んな記事を読むと、ここ数年体調が悪かったそうだが、毎日協会の仕事をし、死ぬ前日も観戦されたそうだ。人間、普通外傷事故でもないかぎり、コロッと死にません(註1)。苦痛を我慢する、人に泣き言を言わない、最後まで責任を全うするなど、日本の文化満載の死に方だと思った。しかし次に頭をよぎったのは、「でも死ななくても済んだのでは?」だな。もちろん親方を診察した訳ではないので、正確な情報ではなく、この話しをネタにした医学的仮定だけど、60歳前で直腸癌(註2)が発見され、3年後にその併発症で死亡に至るのは、発見時点でガンが進んだ状態であった事を示すだろう。この60歳前後での大腸癌発症というのは、昔からあるパターンである。30年ほど前は直腸癌で肛門切除をし、人工肛門の造設が普通であった。そのため人工肛門用装具の開発が盛んであったぞ。この状況が急変したのは、大腸カメラが普及し(註3)、大腸癌の早期発見や予防的措置が可能になったからだな。大腸癌はゆっくり10年ほど時間をかけて悪性化するのがほとんどで、その初期は大概ポリープであるのだ。だから、60歳から10年前、つまり50歳前後で内視鏡検査をしてポリープがあれば、それを切除する事によって、将来のガンを無くす事ができる。ガンに伴う苦痛や入院や治療の費用は多々あるし、仮に手術で命が助かっても、その後の生活の質は明らかに低下するのだ。これを考えると、大腸カメラのコストパフォーマンスはとても高い(註4)。ちゃんとした健康診断メニューには50歳時点で大腸カメラ入ってるぞ!現在、このような医療環境にあるので、なんか納得できない訃報だった。死に様は鏡かもしれないけど、死因は反面教師ではないだろうか?』(註5)

  • 註1:狭義でいうと、外傷でない突然死や重度の心臓麻痺(英語でmassive heart attack)でコロッと逝きますが。この場合はそうでないでしょう。
  • 註2:直腸癌は大腸癌の一種です。
  • 註3:1980年代の話しです。
  • 註4:そのため、大腸カメラ検査は「life saving, cost saving(命を助け、費用を削減)」と言われる。
  • 註5:消化器内視鏡の話しは2015年1月号のひとりごともご参照ください。

今月はもう一つ緊急テーマがあります。ブラジル東北部でZika熱によると思われる小頭症胎児の急増が当地メディアで多数報道されてます。ジカ熱は元々アフリカで発見された(註6)ウイルス性の感染症でかの大陸以外での流行はあまりなかったし(註7)、症状も軽いデング熱程度であまり注目されていなかったのです。しかし、今年の8月頃からブラジル東北地方(ノルデスチ地方)で大量の小頭症出産が報告され(註8)、この現象がジカ熱と関連していると考えられてます(註9)。小頭症は脳の発育が阻害され、赤ちゃんが生まれたとき、頭が通常よりも小さい状態である疾患です(註10、註11)。治療はなく、ほとんどが精神遅滞になります。原因は先天性(遺伝子疾患、註12)と後天性に分かれ、後者の原因は次のようなものがあります:妊娠中の:被爆、水銀など有害化学物質への曝露、薬やアルコールの大量消費、栄養失調、感染症(風疹、水痘、サイトメガロウイルス、など)(註13)。この感染症の内、ジカ熱が初めて報告された訳ですが、今回のような場合、「予防原則」に基づき(註14)、「妊娠延期」勧告がブラジル国保健省より出されました。主にノルデスチ地方の女性に対するものですが、なにせ感染症ですので、サンパウロにも現れる可能性があります。したがって、次の措置が考えられます:

❶既に妊娠している女性:ノルデスチ地方、特にペルナンブッコ州に旅行しない。また、蚊に刺されないようにする(方法はデング熱と同じです、2010年4月号、2014年12月号、2015年5月号のひとりごとをご参照ください)。

❷近々妊娠を考えておられる女性:蚊が媒介するため、蚊の多い夏以降(当地来年の3月以降)の妊娠を勧告。これにより、胎児に影響が出やすい始めの3ヶ月を避けられる。もちろんノルデスチ地方は避ける。

❸妊娠を考えているが、急いでいない(急がなくてもよい)女性:状況がはっきりするまで、避妊を勧告。

『妊婦が蚊に刺されると、赤ちゃんが確実に小頭症になる訳ではないが、いったんなってしまうと一生ついてまわるので(註15)、予防するにこした事はないぞ。』

  • 註6:1947年にウガンダのZikaと呼ばれる熱帯雨林で発見された。正確には黄熱ウイルスやデングウイルスと同じフラビウイルスであり、同じ蚊(Aedes属和名ヤブカ属)を媒介して感染する。
  • 註7:1978年にインドネシアで小流行が報告されており、2007年に太平洋ミクロネシア、2013年にタヒチで大流行があった。
  • 註8:2015/11/17まで、399件。ノルデスチ地方のPernambuco、Sergipe、Rio Grande do Norte、Paraiba、Piaui、Ceara、Bahiaの7州で報告、その内268件がペルナンブッコ州。
  • 註9:出産前のエコー検査で小頭症が確定した2例の羊水からジカウイルスが検出されたため。
  • 註10:通常頭囲は、ブラジルで34cm~37cm。日本人の場合、31cm~35cm。
  • 註11:頭蓋骨の縫合が早期に完成するため頭が小さい疾患も小頭症の一種ではあるが、この場合はそれを指さない。
  • 註12:これは当院で開設した「妊娠前・出生前遺伝カウンセリング」の対象ですな。
  • 註13:問題の妊娠期間は始めの6ヶ月とされている。
  • 註14:英語でPrecautionary Principle。予防措置原則とも呼ばれる。重大かつ不可逆的影響を及ぼす仮説上の恐れがある場合、科学的に因果関係が十分証明されない状態でも規制措置を可能にする考え方。
  • 註15:親が先に死ぬのが自然の摂理です。もし成人した場合、後はだれが面倒みるのですか?

生みにくい、生まれにくい…

By: Kazusei Akiyama, MD


2015年11月

今月のひとりごと:『生みにくい、生まれにくい…』

先月は診療所の引っ越しがありました。2000年より先の診療所で開業してましたが、ほぼ16年同じ場所にいてると、モノが溜まりますね。移転先は前の3割程度の広さなので、単純に備品の移動だけでは済まなく処分するモノが大量に出ました。医業の場合、医学系の出版物や論文など、紙が多かったです。また、当地では工事(新診療所の工事)をするのが大変で、本当に疲れました…

今年の9月より診療所の開業20周年ですが、色々新しい事が起こってます。移転もしかり、また、「妊娠前・出生前遺伝カウンセリング外来」の設置もそうです。臨床遺伝科は医学の比較的新しい専門分野です(註1)。元々先天性異常児の研究から始まった医学ですが、異常が発生してからの診断のみではなく、この方面の知識を利用して、異常になるリスクの同定や如何にならない様にするかが最近のトレンド分野です(註2)。で、なぜこのような分野が必要になってくるかをひとりごとすると、ずばり、先天性異常児の出生が増えている、または、出生可能な状況が増えている所にあると思います。

『先天性異常が起こりやすい状態の原因は多岐にわたるが、秋山説の一番の原因は出産の高齢化にあると考える。医学では女性35歳以上の妊娠・出産を高齢妊娠・出産と定義する(註3)。女性の卵子のモトは原始卵胞と呼ばれる細胞であり、これは出生時から存在する。この細胞が約375日かけて熟成し、卵子となり、排卵される。この為、女性が高齢になるほど、原始卵胞も高齢になっていることを示し、期間が長いほど遺伝子異常が起こる原因(註4)にさらされる時間が長いことを意味しているのだな。また、卵子の老化以外に、女体そのものの加齢による変化もあり(註5)妊娠しにくくなっていく。これらの状況は出生率の低下に直結するのだな。』

出生率の低下はさらに「少子化」につながります。近頃、少子化問題は先進国の課題です。日本では深刻な問題であるのは異論がないでしょう。少子化の要因は単純ではありませんが、問題化している社会に共通するのが社会が発展している事でしょう。社会が発展することによって産業も高度化し、それにしたがい技術の高い人材が必要にあり、それに対応するために高学歴化が出現し、高学歴化は子供の教育費の増大と社会的自立できる年齢を遅らせます。子供の教育費が高いと親の負担が増え、子供の数が減ります。また、高学歴化による社会的自立可能年齢の上昇は晩婚化、または非婚化につながり、少子化に拍車がかかります(註6)。

『医学的にいうと、理想的な妊娠年齢は女性20歳±2歳なのだな。つまり、大学の就学期間。でも現実はそうはいかない。この社会的要望(高学歴化)(註7)と、社会的現実(晩婚化・高齢出産)(註8)(註9)のギャップを埋めているのが、現下発展が著しい「不妊治療」である。妊娠困難な晩婚夫婦の強い手助けになるのは間違いないが、いくら技術的に発達しても、卵子や精子の老化は防げないので、限界があるだろう。先進国になると、生みにくい、生まれにくい、状態になっていくのは仕方無いのだろうか?』


  • 註1:秋山が診療するわけではない。専門医の菅山医師が担当です。詳細は診療所HPをご覧ください。
  • 註2:これが妊娠前・出生前遺伝カウンセリングです。
  • 註3:35歳が高齢かどうかの議論はこの際関係ありません。単なる定義の為の線引きです。但し、自然な女性の妊娠可能期間、約15歳から約55歳を考えると、後半の35~55は高齢で妥当ではないかと思いますが。
  • 註4:卵子側の遺伝子異常がおこる原因:加齢そのもの、環境汚染(放射能汚染、電波汚染、環境ホルモンなど)、過度なストレス、適当でない生活習慣(喫煙、大量飲酒、偏食、など)など。
  • 註5:女体の加齢による生殖機能への影響:卵子の老化そのもの、生殖器の病変(筋腫、卵管異常、感染症、子宮内膜症など)、性交の減少のため精子や胎児に対するアレルギー反応、など。男性側の問題もあります。
  • 註6:先進国の少子化傾向は共通するものですが、国によりこれに対する政策が異なる。後進国は少子化問題はなく、反対に人口増大問題がある。
  • 註7:高学歴化のみではなく、自由に生きるなど人生の価値観の変化で、家庭ももつ人が減っているのも要因の一つだろう。
  • 註8:さらなる社会的要因として、日本の場合、女性にとってキャリアと育児が両立できる環境が整ってない(託児施設が少ない、産休をとりにくい、職場復帰が困難、など)、社会人になっても親と同居している、婚外子に対する社会的サポートが悪いなども挙げられるだろう。
  • 註9:後進国のブラジルでも、社会の上層階級では同じ事が起こってます。

アルコール。薬にしますか?毒にしますか?

By: Kazusei Akiyama, MD


Trip to Scotland. UK. Caju©2015

2015年10月

今月のひとりごと:『アルコール。薬にしますか?毒にしますか?』

このコラムの22人の読者様、先月も休稿してしまって申し訳ありませんでした。今年は調子良くないですね。さて、今回もアルコールに関するのひとりごとです。前回は精神疾患である依存症についてでしたが、続きは「アルコール関連問題」についてです。何度もいいますが、筆者は禁酒を啓蒙しているのではありません。東洋では中国発の諺、「酒は百薬の長」(註1)というのがあります。先人達が、アルコールを適度に利用すると、どの「薬=治療」よりも健康に良い効果が認められる事実を経験的に知っていたからでしょう。西洋社会でウェイトが大きい新約聖書にも健康のため少量の飲酒を薦めるくだりがあります(註2)。定期的(毎日の事です)かつ少量の飲酒は血流を良くし、新陳代謝を促進させ、それが健康につながるのだと考えます(註3)。滋養強壮系の飲み物にはアルコールが入っている事が多いですし(註4)、漢方医学ではナヨッとした冷え性の女性に出す代表的処方、当帰芍薬散の本来の使い方は「粉末を酒に混和して服用する」とあります。

  • 註1:漢の時代の「漢書・食貨志下」に出典。「夫れ塩は食肴の将、酒は百薬の長、嘉会の好、鉄は田農の本」とある。
  • 註2:新約聖書第1テモテ5章23節。反面、聖書に多い飲酒のくだりは、そのほとんどが大量飲酒や酔っ払う事を警告しているものである。
  • 註3:秋山説ですが、これについてはまたひとりごとします。
  • 註4:例:「薬用養命酒®」。

『人間の体内に入ったエタノール(註5)が及ぼす薬理的作用は1期から4期まである(註6)。循環器への影響は1期に末梢循環の拡張があり、2期より収縮が起こる。だから呑み始めには顔が赤くなり、酒が大変すすむと真っ青になるのだな。血管の収縮イコール血流が悪くなるのは誰にでも解ると思う。この「ほんのり赤く」なるくらいにしておくと薬で、それを過ぎると毒になっているのだ。』

  • 註5:酒類に入っているアルコールの正式名称ですな。
  • 註6:4期はアルコール性昏睡です。

次の表に本人へのアルコール関連の問題を示します。もちろん飲酒者本人に損傷以外に、まわりの家族や社会にも影響を及ぼします。アルコールの問題は死にまで至らしめる事ができる物質である事実でしょう。日本の厚労省の研究では、2008年の日本人の総死亡数の3.1%がアルコールが関与している推計があります。

表:アルコールが飲酒者本人に及ぼす影響。

分類

細分類

臓器障害

肝臓疾患(アルコール性肝炎、脂肪肝、肝硬変)

膵臓疾患(急性膵炎、慢性膵炎)

消化器疾患(胃炎、十二指腸炎、大腸炎、胃食道逆流症、マロリーワイス症候群、食道動脈瘤、慢性下痢、痔核)

循環器疾患(不整脈、脳出血)

生活習慣病

メタボリックシンドローム(特に中性脂肪の増加と関連)

高血圧症

糖尿病(低血糖発作も有りうる)

高脂血症

痛風

肝臓ガン

食道ガン

咽頭ガン

口腔ガン

大腸ガン

乳ガン

急性アルコール中毒

直接的毒性(アルコールそのものの作用)

間接的毒性(酩酊のため、事故に巻き込まれる)

外傷や事故

吐物吸引(窒息死や肺炎)

転倒や転落

交通事故

溺水

凍死

『これら以外にも、本人のメンタルへの影響(依存症そのもの、うつ病、睡眠障害、自殺、認知症など)、家族への影響(家庭崩壊、家庭内暴力・虐待、女性の飲酒の場合胎児への影響、要介護、世代連鎖など)や社会への影響(飲酒運転、生産性の低下、失業、貧困、犯罪、未成年飲酒、アルコールハラスメント、医療費の増大など)もあるぞ。これらの問題は飲酒の仕方を変えない限り、周囲を巻き込みながら複合し、増大し、下手をすると死に至る。』

アルコール関連問題は急性アルコール中毒以外は、ジワジワと時間をかけて起こっていきます。エタノールの向精神作用として一番の特徴が「脱抑制」(註7)です。このため、乱用されやすい物質です。急激に病気になるものではないので、問題が起きた時は既に後遺症が残るほど自身や周りに影響をあたえる事が多いので、医学的な意味では現在入手できるドラッグ(向精神薬)(註8)では一番「悪い」ものであると思います。薬な呑み方をしたらとても良いものなのですが…

  • 註7:神経には活動が暴走しないように必ず抑制機能がある(行動でも感情でも)。脱抑制とはこの抑制機能が抑制される状態だな。例えば、社会的な礼節が失われる。「酔っ払い」を見たことをある人は言ってること判るでしょう?
  • 註8:医学的には合法・違法はこの場合関係がない。

自分は大丈夫と思っているのが、アル中のはじまりだぞ

By: Kazusei Akiyama, MD


Different shapes. London. Caju©2015

2015年08月

今月のひとりごと:『自分は大丈夫と思っているのが、アル中のはじまりだぞ』

今年のサンパウロの冬は全然寒くありませんが、このコラムの22人の読者様はお元気にされているのでしょうか?今月のひとりごとはサンパウロとも冬とも寒さとも関係ありません。先日、診察中に「アル中になると暴れて周りが大変」だという内容の話しが出て、もう少し突っ込むと、「暴れたりしないとアル中で無い」という見解の患者さんが来られました。おっと、ちょっと待った!暴れる前からアル中はあるぞ、といったことで、今月は「アルコール依存症」についてひとりごとをします。2014年2月号で薬物依存症についてひとりごとをする約束をしたので良い機会です。

『薬物は摂取することにより、人体に効果が現る物質である。この効果は有害でない事を大前提として開発されているのだが(註1)、使い方によっては有害な物が結構ある(註2)。有害な使い方は「乱用」あるいは「誤用」(註3)があり、乱用が薬物依存症(substance dependance)に移行する。依存症の定義には3点の診断基準を満たす必要がある。然り、①薬物耐性(持続的に使用することで、同量の薬物の摂取しても効果が薄れる)、②強迫的使用(薬物に対する渇望がある、悪いと解っていても使用してしまう、精神的依存)と③離脱症状(薬物使用が減った場合に身体的症状が現れる)が認められないと薬物依存症とは定義できない(註4)(註5)。』

  • 註1:場合によってはその薬物の目標である有益な作用以外に有害な作用があり、これは副作用と呼ばれる。
  • 註2:反対にこの特徴が「薬物」を定義するものではないだろか?
  • 註3:一般的に乱用(substance abuse)は精神障害が関連している。誤用(substance misuse)は精神的作用が関連しない物質の使用を指す。前者は「依存」を形成する潜在性効果があり、後者な形成しないとされているが、線引きが難しい。
  • 註4:精神疾患の分類でDSMと呼ばれるのがあるが、最新版では乱用と依存症を廃止し、新しく「物質使用障害」が分類されたが、是非がある。例えば、一時的な乱用者と依存症が進んだ患者では予後や治療方法が異なり、臨床上区別が必要であるからである。
  • 註5:誤用される物質では緩下剤、鎮痛剤、制酸剤、ビタミン剤、ステロイド、ホルモン剤、栄養剤、民間治療薬、など、が挙げられる。

依存症を発現させる薬物はなにも違法なものばかりではありません。違法薬物は入手が困難で、そう誰でもが使用できるものではありません。鎮静剤など、処方箋が必要な医薬品はまだ規制があるので簡単に手に入りませんが、怖いのは市販薬や薬物として販売されていないものではないでしょうか?次の表に薬物依存症を引き起こすことが認知されている物質を表します:

表:薬物依存症を引き起こすことが認知されている物質(註6)。

分類

物質

依存度

覚醒剤

アンフェタミン

メタンフェタミン

コカイン

ニコチン

カフェイン

精神的依存が強い。

身体的依存は軽度。

鎮静剤と睡眠薬

アルコール

バルビツール酸

ベンゾジアゼピン

メタカロン関連

軽度から重度の精神的依存。

重度の身体的依存。

急な離脱は致命的になりうる。

アヘン剤とオピオイド鎮痛剤

アヘン

モルヒネ・コデイン

半合成アヘン(ヘロイン、オキシコドンなど)

全合成オピオイド(メタドンなど)

軽度から重度の精神的依存。

軽度から重度の身体的依存。

急な離脱は致命的ではない。

  • 註6:大麻、LSD、エクスタシーなどは「幻覚剤系」に分類され、「離脱」がないので薬物依存症に定義できない。

『そうなのだ、この表に堂々とアルコールが出てきたのだ。普通にあるニコチンやカフェインもあるぞ。でもアルコールの依存症は重度の身体的依存があるのだな。入手が容易でもあるし、さらに悪い事に飲酒は魅力的である(glamourization of drinking)といった社会的現象も問題の発見を遅くさせているのではないかと思う(註7)。アルコールは鎮静剤系に分類されるように、薬理的作用の主なるものは、神経の抑制、つまり鎮静にあるが、その抑制の特徴が「抑制神経の抑制作用」である。だからアルコールを摂取すると歯止めが効かなくなる(註8)。そのため、乱用されやすい物質といえるぞ。』

  • 註7:この現象のため、酒類メーカー自体が「適正飲酒のすすめ」といった類いの宣伝をするようになったのでは?「飲酒は美質」の類いが圧倒的に多いけど…
  • 註8::この効果をもって「腹を割った商談」などに使用されるが。

アルコール依存症は以前は「慢性アルコール中毒、アル中」と呼ばれており、どちらかというとなる人の意志が弱いとか、道徳観念の欠陥があるからなど、人間性の問題だと考えられてました。現在は精神疾患であると認知されてます。社会的に推奨されている晩酌などから習慣飲酒が始まり、精神的依存、身体的依存を経てトラブルな人生を送ることになります(註9)。診断は医師がする必要がありますが、現在使用さている診断基準は次のとおりです(註10)。過去12ヶ月の期間に下記6項目の3つ以上が同時に起こっていると、アルコール依存症と診断されます。

  1. アルコールを飲みたいという強い欲求がある。また、飲んではいけないと思いながらつい飲んでしまう。
  2. 飲酒の時間や量をコントロールすることができない。
  3. 飲むの止めたり量を減らすと離脱症状が現れる。
  4. 酔うために必要なアルコールの量が増えてきている。
  5. 飲酒に関することに多大な時間、お金、労力を使い、それ以外のことをおろそかにする。
  6. 飲酒によって問題(健康上、家族内、仕事、学業、などに)が起きているのが明らかであるにもかかわらず、飲み続けている。
  • 註9::ASK(特定NPOアルコール薬物問題全国市民協会)のHPにとてもよく解るアルコール依存症の進行プロセスが記載されてますので、ぜひご覧ください:http://www.ask.or.jp/shinkoprocess.html
  • 註10:国際疾病分類第10版、ICD-10の診断基準、その他にDSM-4の基準も使用される。

『1項目のみで「安心した」方は、乱用している可能性大で、依存症予備軍だぞ!』

アルコールに関する医学的な話しは、あと健康上の「アルコール関連問題」があり大変重要ですが、紙面の都合で来月ひとりごとをします。続けてご覧いただければ幸いです。


不眠は増えていると思うぞ

By: Kazusei Akiyama, MD


2015年07月

今月のひとりごと:『不眠は増えていると思うぞ』

このコラムの22人の読者様、大変ご無沙汰をしてしまいました。2ヶ月連続で休稿したのは滅多にありません。実はこのところ、身内で不幸が重なり、色々メンタル面や体調面で調子がよく無く、その内、今月のひとりごとで取り上げたい「不眠」があったのです。不眠とは、言葉のとおりで、睡眠の障害がでる状態です。これが1ヶ月以上続くと、「不眠症」と呼ばれる病名がつきます。(註0)

睡眠はヒトに限るものではなく、動物はすべて生理現象として眠る事が必要です。違いがあるのは時間の長短や周期、夢の有無です。睡眠は心身を休めるためであるのは簡単に解りますね。医学的にいうと、細胞の修復、免疫力の再生、脳内の記憶の再構築、各種ホルモンの産生調整などが挙げられます。したがって睡眠が不足すると、これらの機能が阻害され(註1)、新陳代謝の低下(註2)、精神に関する疾患(註3)などが現れます。

不眠症は他の疾患と違い、数値の増減や病理的変化の有無(註4)で定義されません。つまり、「一日何時間以下の睡眠」、「入眠に何分以上かかる」「何回以上目覚める」といったような線引きがなく(註5)、「各個人が正常に眠れない状態が続き、日中に体調が悪くなる」ことと言えます。日本人では現在人口の20%が不眠に関する不満があるデータが存在します。加齢とともに増加が認められ、60歳以上では3人に1人が不眠に悩まされてます。

この疾患を分類すると4つに分けられます:寝始めの寝つきが悪い「入眠障害」、途中で何度も目が覚める「中途覚醒」、早朝に目が覚めてしまう「早朝覚醒」、十分な睡眠時間があったにもかかわらず、ぐっすり眠れたと感じない「熟眠障害」です。原因は原発性、つまり、特に不眠となる原因の疾患や条件がないケースと、二次性、つまり、睡眠を妨げる原因がはっきりする場合に分類できます。後者は原因を治療・改善することで不眠症は消失します。不眠を起こす原因や条件を表にしました。

表1:不眠の原因

生理的原因

時差ぼけや交替制勤務

悩みごと

わくわくするような事

環境要因

騒音

寝室の環境( 暑すぎる、寒すぎる、明るすぎる、枕など寝具が普段と違うなど)

器質的疾患

高血圧症や心臓病(胸苦しさ)、呼吸器疾患(咳、息苦しさ)、腎臓病や前立腺肥大(夜間の頻尿)、アレルギー疾患(痒み)、関節リュウマチ(痛み)。

脳血管発作、糖尿病、甲状腺機能亢進症。

睡眠時無呼吸症候群。ムズムズ脚症候群、周期性四肢運動障害。

精神疾患

ストレス関連障害。うつ病。

薬物など

カフェイン、ニコチンなど嗜好品含有。

ステロイド剤、降圧剤、抗がん剤、甲状腺製剤など治療薬。

『興味深いのが、「睡眠状態誤認」と呼ばれる診断名で、主観的な睡眠時間と客観的(註6)なデータが離れている状態だな。一種の時間認知障害なのだが、原因不明。客観的に観ると、相当な時間睡眠しているのだが、本人はそう感じない。ので、この場合はいくら睡眠薬を投与しても改善しない。不眠症治療の挑戦の一つだな。あと、現在バカにならないのが「ジャンクスリープ」といった状態で、テレビや音楽、照明などをつけっぱなしで寝ることだな。睡眠中に外部から音や光などの刺激が脳に伝わり、脳が休息しない。最近はスマホが普及しているので、スマホ由来のジャンクスリープが多くなっていると思うぞ。夜中にピーンとかポロロンとか各種着信音が鳴るからな(註7)。』

特に原因がなくても現社会は睡眠を妨げる方向に行っていると思います。ので、不眠症でなくても快眠のコツは有用だと考えます。表2に示します。

表2:快眠のコツ。

就寝・起床時間を規則正しく

体内時計を乱さないため。寝だめや夜更かしはだめ。

睡眠時間そのものにこだわらない

熟眠すればそれでいいのです。

太陽の光を浴びる

朝の光が大切です。光に当たると14時間目以降に眠くなります。

適度の運動

ほどよい運動ですね。やり過ぎは逆効果。

就寝前のリラックス

副交感神経を活発にさせると、寝やすくなります。ベッドでスマホはいじらない!

寝室は暗くする

暗くすることによって、睡眠ホルモンのメラトニンが放出されます。

快適な寝室をつくる

寝具、温度、湿度、同伴者の有無など。

焦らない

不眠恐怖の悪循環を断つ努力をする。

昼寝をする

13時から15時の間に20分程度の昼寝をすると快眠になる研究があります。30分以上は逆効果なので注意!

勿論、原因を診断するのが不眠症治療の第一歩です。このコラムの読者様は時差ぼけによる不眠などはよくあると思いますが、1ヶ月以上睡眠障害が続く場合は必ず医師の診断が必要と考えます。今回筆者の場合は「精神疾患」が原因の不眠だったわけですね。


  • 註0:睡眠障害はその他、寝過ぎる過眠やリズムの異常や夢遊病がありますが、今回は「寝られない」状態を取り上げます。
  • 註1:よく研究されているのが睡眠中の成長ホルモンの分泌であり、小児時に睡眠時間が少ないとこのホルモンが少なく、身長が伸びにくくなる。
  • 註2:顔色が悪くなる、食欲の低下、皮膚が荒れるなど。
  • 註3:集中力の低下、ストレスやうつなどのリスクの増加など。
  • 註4:例えば、血糖値N以上で糖尿病が定義されたり、食道にびらんがあるので食道炎が診断されたり、といったことですな。
  • 註5:これは睡眠時間は非常に個人差があるからだな。
  • 註6:ポリソノグラフと呼ばれる検査(別名睡眠ポリグラフ検査)で睡眠の長さや深さを測定できる。
  • 註7:消音しておいても、ブルブル振動してたら意味ないぞ。音を夜間設定にしておくとスマホの電源を切らなくても鳴りません。ぜひご利用ください。

またデング熱の話しなのだ。

By: Kazusei Akiyama, MD


Land of Whisky. Edinburgh. Caju©2015

2015年05月

今月のひとりごと:『またデング熱の話しなのだ。』

当地ではデング熱が流行してます。デング熱の話しは4年前に黄熱と共にひとりごとしてます。さらに、本誌上では過去に5回取り上げてますが、現在邦人が多く住むサンパウロ州でも大変な状態になってますので、公共性が高いとのことでこのコラムの22人の読者様にはお許しをいただいて再度デング熱について見直してみたいと思います。

疫学的に「流行性疾患」とは発症率が人口10万人に対し、300例以上起こっている状況をしめします(註0)。今年ブラジルで「流行状態」の州が2州、サンパウロ州が「流行に近づいている」ので、アメリカ疾病予防管理センター(CDC、Centers for Disease Control and Prevention)のブラジルへの渡航勧告の危険度上昇を4月20日に発行しました。CDCの勧告は世界的に影響力があり、これによって、邦人の渡伯にも影響がでると思われます。

  • 註0:エピデミック、英語でepidemic。ある一定の期待値以上の罹患率、いままで流行がなかった地域での予期せぬ感染症の出現。

『デング熱、またはデング出血熱はネッタイシマカやヒトスジシマカによって媒介されるデングウイルスの感染症である。このウイルスは1型から4型まで4種存在し、1度感染すると、終生免疫ができるが、交差免疫はできない(註1)。異なる型のデングに再感染した場合、重症化しやすいのもこの感染症の特徴の一つ。1970年くらいまでは、世界で7カ国・地域くらいしかなかったが、現在は全世界の熱帯、亜熱帯地域にみられる。日本では去年までは輸入例しかなかったが(註2)、8月から10月の間に160人感染者が出た。ブラジルでは2015年元旦より3月07日までに224.101例確認されており、その内、52人が死亡している。流行状態の州はAcreとGoiasで、サンパウロ州が281/10万人でほぼ流行、続いてMato Grosso do SulとTocantinsで、それ以外は100未満/10万人の常在的状況である。今年の流行はいつも多いリオ州が入ってないのが特徴かな?』

  • 註1:交差免疫とは、同じウイルスの異なる株や種でできた免疫がそのウイルスの別の株や種に対して免疫ができる事。例:インフルエンザウイルス。
  • 註2:1950年代に太平洋戦争からの帰還兵が持ち帰ったとされるウイルスで西日本で20万人規模の流行があったが、その後は年間100例程度の輸入例のみであった。

デング熱は一過性の熱性疾患です。潜伏期間は4~7日が多いですが、2週間程度もみられます。突然の高熱の発熱で発症し、頭痛、筋肉痛、関節痛、眼窩痛を伴います。発熱後、数日で解熱しますが、再度高熱が出ます(註3)。発熱期後半に体に発疹が現れます。熱、痛み、発疹などの急性症状は約一週間で軽快しますが、倦怠感が数ヶ月続く例もあります。しかし、後遺症はほとんどありません。ブラジルでの致死率は0.04%程度ですが、重症例(Severe dengue)になると8.7%に激増しますので、観察が重要ですね。重症化した例は出血性のデングがほとんどです。解熱し始めた頃から、腹痛、嘔吐、低体温、皮下の点状出血や鼻血、下血などが現れます。重症例はすべて入院が必要になります。

  • 註3:二峰性発熱と呼ばれる。

『特効薬、特異的な抗菌剤はないので、治療は対処療法のみになる。熱と痛みが強いので、解熱鎮痛剤を使う事になるが、その際、アスピリン系は禁忌である。出血が悪化する可能性があるので絶対にだめ。また、同じ理由で抗炎症剤もさける必要がある。あとは十分は休養と補液だな。』

解熱鎮痛剤はアセタミノフェンとジピロン(註4)のみ使用できます。また、日本から来られている方は、ロキソニンなど、消炎剤を常備されておられるのを多々観ますが、それら消炎鎮痛剤は使ってはいけません。サンパウロの現状ですと、デング熱は「罹る可能性がある」のではなく、「いつ感染するか」になっているので、発熱した際は気軽に風邪薬や日本で処方された消炎鎮痛剤などを使わないほうがよいと考えます。個々の薬品の製品情報をチェックした上、疑問があれば受診したほうが安全ですね。

  • 註4:ブラジルとヨーロッパで発売の解熱鎮痛剤。ブラジルでの商品名:Novalgina。

『因みに、2014年12月号でひとりごとした「チクングニア熱」は今年にはいり、2103例報告のみで、流行には至ってない。これは、同じ蚊を媒介するので、競合しているのだろな。』