生みにくい、生まれにくい…

By: Kazusei Akiyama, MD


2015年11月

今月のひとりごと:『生みにくい、生まれにくい…』

先月は診療所の引っ越しがありました。2000年より先の診療所で開業してましたが、ほぼ16年同じ場所にいてると、モノが溜まりますね。移転先は前の3割程度の広さなので、単純に備品の移動だけでは済まなく処分するモノが大量に出ました。医業の場合、医学系の出版物や論文など、紙が多かったです。また、当地では工事(新診療所の工事)をするのが大変で、本当に疲れました…

今年の9月より診療所の開業20周年ですが、色々新しい事が起こってます。移転もしかり、また、「妊娠前・出生前遺伝カウンセリング外来」の設置もそうです。臨床遺伝科は医学の比較的新しい専門分野です(註1)。元々先天性異常児の研究から始まった医学ですが、異常が発生してからの診断のみではなく、この方面の知識を利用して、異常になるリスクの同定や如何にならない様にするかが最近のトレンド分野です(註2)。で、なぜこのような分野が必要になってくるかをひとりごとすると、ずばり、先天性異常児の出生が増えている、または、出生可能な状況が増えている所にあると思います。

『先天性異常が起こりやすい状態の原因は多岐にわたるが、秋山説の一番の原因は出産の高齢化にあると考える。医学では女性35歳以上の妊娠・出産を高齢妊娠・出産と定義する(註3)。女性の卵子のモトは原始卵胞と呼ばれる細胞であり、これは出生時から存在する。この細胞が約375日かけて熟成し、卵子となり、排卵される。この為、女性が高齢になるほど、原始卵胞も高齢になっていることを示し、期間が長いほど遺伝子異常が起こる原因(註4)にさらされる時間が長いことを意味しているのだな。また、卵子の老化以外に、女体そのものの加齢による変化もあり(註5)妊娠しにくくなっていく。これらの状況は出生率の低下に直結するのだな。』

出生率の低下はさらに「少子化」につながります。近頃、少子化問題は先進国の課題です。日本では深刻な問題であるのは異論がないでしょう。少子化の要因は単純ではありませんが、問題化している社会に共通するのが社会が発展している事でしょう。社会が発展することによって産業も高度化し、それにしたがい技術の高い人材が必要にあり、それに対応するために高学歴化が出現し、高学歴化は子供の教育費の増大と社会的自立できる年齢を遅らせます。子供の教育費が高いと親の負担が増え、子供の数が減ります。また、高学歴化による社会的自立可能年齢の上昇は晩婚化、または非婚化につながり、少子化に拍車がかかります(註6)。

『医学的にいうと、理想的な妊娠年齢は女性20歳±2歳なのだな。つまり、大学の就学期間。でも現実はそうはいかない。この社会的要望(高学歴化)(註7)と、社会的現実(晩婚化・高齢出産)(註8)(註9)のギャップを埋めているのが、現下発展が著しい「不妊治療」である。妊娠困難な晩婚夫婦の強い手助けになるのは間違いないが、いくら技術的に発達しても、卵子や精子の老化は防げないので、限界があるだろう。先進国になると、生みにくい、生まれにくい、状態になっていくのは仕方無いのだろうか?』


  • 註1:秋山が診療するわけではない。専門医の菅山医師が担当です。詳細は診療所HPをご覧ください。
  • 註2:これが妊娠前・出生前遺伝カウンセリングです。
  • 註3:35歳が高齢かどうかの議論はこの際関係ありません。単なる定義の為の線引きです。但し、自然な女性の妊娠可能期間、約15歳から約55歳を考えると、後半の35~55は高齢で妥当ではないかと思いますが。
  • 註4:卵子側の遺伝子異常がおこる原因:加齢そのもの、環境汚染(放射能汚染、電波汚染、環境ホルモンなど)、過度なストレス、適当でない生活習慣(喫煙、大量飲酒、偏食、など)など。
  • 註5:女体の加齢による生殖機能への影響:卵子の老化そのもの、生殖器の病変(筋腫、卵管異常、感染症、子宮内膜症など)、性交の減少のため精子や胎児に対するアレルギー反応、など。男性側の問題もあります。
  • 註6:先進国の少子化傾向は共通するものですが、国によりこれに対する政策が異なる。後進国は少子化問題はなく、反対に人口増大問題がある。
  • 註7:高学歴化のみではなく、自由に生きるなど人生の価値観の変化で、家庭ももつ人が減っているのも要因の一つだろう。
  • 註8:さらなる社会的要因として、日本の場合、女性にとってキャリアと育児が両立できる環境が整ってない(託児施設が少ない、産休をとりにくい、職場復帰が困難、など)、社会人になっても親と同居している、婚外子に対する社会的サポートが悪いなども挙げられるだろう。
  • 註9:後進国のブラジルでも、社会の上層階級では同じ事が起こってます。