これでも空気がきれいになってるそうです

By: Kazusei Akiyama, MD


2018年06月

今月のひとりごと:『これでも空気がきれいになってるそうです』

サンパウロ市へ車で到着する時にビビってしまうのが、「臭い」と「都市を覆う灰色のドーム」です。そう、大気汚染が嗅覚と視覚で解るのです。臭いはサンパウロ市から出る主要高速道路のどれでも感じる事が出来ます。灰色のドームはAyrton Senna道路を利用して東から入った時に顕著に見えます。このコラムの24人の読者様もこの様な経験はされてるのではないでしょうか?「あの灰色の中で住んでいるのだ」と思うと少し怖くなるのですが、更に恐ろしい事に30分もすると大気汚染の臭気を感じなくなってしまうところです。人間の適応性というか…

では匂いは何で出来てるのか?灰色は何で出来ているのか?屋外燃焼行為、工場等の悪臭、生活で出る匂い(調理、洗濯など)、工事や工場の粉塵などや、いわゆる伝統5物質(註1)と呼ばれる化学物質で成り立ってます。工業革命が起こり、それに伴う大気汚染は主に石炭を燃やすための煤煙であり、その時点では「黒い」大気汚染でした。20世紀に入り、石炭が石油に替わり、煤煙は減ったのですが、石油に多く含まれる硫黄酸化物+窒素酸化物+炭化水素が化学変化を起こし「白い」大気汚染に替わりました。石炭を含め、モノを多く燃やすのは後進国に多いので、中間の「灰色」であるブラジルは大気汚染からみても典型的な発展途上国といえるでしょう。

なぜ大気汚染が問題になるかというと、人間の生活のため大気中の微粒子や有害な気体成分が増加し、人の健康や環境に悪影響を及ぼすからです(註2)。呼吸器系の疾患と関連するのは簡単に理解でると思います(註3)。世界保健機関によると、世界人口の約90%が汚染された大気の下で暮らし、それが原因で死亡する人口が年間700万人にあがると推計している。医学的な研究では、都市部に暮らすことにより、大気汚染のために平均で約4年平均寿命が短くなるといった結果があります(註4)。最近では国別にみると中国が最悪であろうと考えられます(註5)。5年ほど前に北京市周辺でおこった高濃度汚染が有名ですし(註6)、日本にも浮遊して来て問題になっているPM2.5がありますね。このPMはParticulate Matterの頭文字で、「粒子状物質」のことで、2.5はその内非常に小さな「微小粒子状物質」、粒径2.5㎛以下のモノを示します(註7)。目に見えない小さな物質の大きさの単位であり、特定の物質のことではありません。以前は10㎛以下の粒子が環境基準として定められていましたが、それよりさらに小さな粒子は人間が持っている空気のフィルター(鼻の粘膜機能や気管の絨毛上皮など)を越して肺の奥まで入り込むので注目されているのです。呼吸器系の疾患もそうですが、循環器にも影響する事が判明してますし、最近の研究結果では骨粗しょう症にも関連することが示唆されています(註8)。

色んな対策がある中、わかりやすいのが車の排気ガスの規制です。特に酸化窒素をたくさん排出するディーゼルエンジン車(主にトラックですね)の規制、酸化硫黄を排出するガソリンエンジン車の規制が多くの都市で行われてます。変わった所では2ストエンジン(註9)の撤廃が見当たります。規制は全く走らせないか排ガス対策が進んだ新しい車でないとダメか、代替エネルギー源(エタノールを使うとか電気自動車に替えるとか)を進めるのが主な政策です。

『だから中国は電気自動車大国になる方向が強い。トラックを減らして成功した例が実はサンパウロ市なのだな。1998年より、Rodoanel(図)と呼ばれる環状線を建設中であり、まだ北部分を残して(註10)るのだが、それでもMarginal do Tiete や同Pinheiros やAvenida Bandeirantesを通過していたトラック(註11)が一日約2万台減少したため、酸化窒素(NOx)が25%減ったとの研究結果をサンパウロ大学が出した。この減少で大気汚染と関連する呼吸器系と循環器系の疾患が市内で10%減っているのもこの調査で判明した。』

サンパウロではこれから冬期に入り、雨が減り6~8月は光化学スモッグが発生しやすくなり、大気汚染が増えます。気をつけましょうと言っても抜本的な対策は空気のきれいな所へ転地するしかないのでどうしようもないです…か?


註1::二酸化硫黄(SO2)、一酸化炭素(CO)、浮遊粒子状物質(SPM)、光化 学オキシダント(Ox)及び二酸化窒素(NO2)。

註2::環境が悪化することにより、更に状況が悪くなる。

註3::気管支喘息が誘発されたり悪化したりするのが一番簡単な例。

註4::因みにサンパウロ市では3年程度の短縮です。。

註5:WHOは大気中の浮遊物は25㎛/㎥までが基準である。90年代の米国で平均45。最近の中国が400!で700までいったことがある。中国では平均寿命が12年減少している推計!

註6:この時期北京は「人が住む所ではない」と言われ、1日滞在するだけでタバコを21本吸ったのと同じであると推計された。

註7:2.5マイクロメートルは1ミリメートルの千分の2.5。髪の毛の太さの30分の1程度。

註8:PM2.5中の重金属が骨に沈着するのではないかと考えられている。

註9:潤滑油をガソリンと一緒に燃やすのでスゴイ煙が出ます。

註10:2018年に落成し、全線開通するそうである。

註11:特にサントス港に向かうため市内を通過するトラック。