By: Kazusei Akiyama, MD
2016年12月
今月のひとりごと:『寄生虫、いますよ。ブラジルには』
今月も感染症の話しです。先日邦人の患者さんを診察していた時に寄生虫(註1)の疑いが出たのですが、なにやら体内にエイリアンでも棲んでいるような大騒ぎだったのです。確かに日本では事実上寄生虫がなくなったといえるのかもしれません。1958年から続いていた小学生の寄生虫卵検査が2015年度で廃止されました。文部科学省の資料によると小学生の寄生虫卵保有は1958年度で29.2%、1983年度で3.2%、2013年度になると0.2%まで激減してます。寄生虫は通常糞便とともに排泄された卵が経口か経皮で体内に取り込まれます。したがって、下水道処理などの衛生設備のインフラ整備、手洗いや食料の適切な処理、裸足で歩かないなどの衛生概念の教育などが予防の柱です。そのため、それらが発達していない発展途上国に多い感染症である事は容易に理解できますね。また、体外にでた卵が生存できる環境はどちらかというと温かく、湿ったほうが適しているので、熱帯地方がその条件がそろってます。
- 註1:狭義では自由生活をする動物に寄生する生物で、外部寄生虫(例:ダニやシラミ)と内部寄生虫(例:蛔虫、マラリア原虫)に分類されるが、一般的には腸内寄生虫のことです。
『発展途上国で熱帯地方って、もろブラジルではないですか!そう、この国はまだかなり寄生虫があるぞ。5年ほど前にミナス州のある市で実施された調査では、小学生の寄生虫卵保有率が平均29%、学校の立地環境により7%から83%まで保有が検出されたのだ。保有率の差は、市内と農村部、トイレの有無、飲み水の適切な処理の有無だった。日本も戦前は人糞尿で下肥を使っていたので、大半の人が寄生虫感染していた試算があるぞ。1960年頃の農村部で60%!これが、衛生インフラの整備でほとんどゼロまでなったのだな(註2)。きれい好きな日本人の仕事ですな。』
- 註2:しかし無農薬野菜、いろんな生食の普及(例:サラダ)、発展途上国からの野菜の輸入などで、また症例が増える傾向にあります。
ブラジルではこのコラムの24人の読者様はスラムに居住しているわけではないですよね。食料だって、ちゃんと調理しているし、変なものを食べる訳でもないし、裸足でそこらを歩いている訳でもないので、寄生虫なぞ関係ないと思ってませんか?というか、寄生虫の存在そのものを忘れてますよね。今の日本の現状では無理もないと思いますが。しかし、ブラジルで生活しているので、寄生虫感染のリスクにはさらされます。80年代の話しですが、サンパウロ市内の某名門校で行われた研究では、以外にも小学生の半数近く寄生虫卵保有者でした。裕福な家庭なのにどうして?になったのですが、結局「外食するから」「自宅に(家族以外の)料理人がいるから」が原因でした。当地のように貧富の差があると、料理を作っている人とそれを食べている人の衛生概念の差もあります。衛生状況の悪いファべーラ(註3)に住んでいる人が料理を作っていたりするのですね。
- 註3:ブラジルでのスラム街の名称。
寄生虫は少量であったり、成長してなかったりすると、体に変化はなく、症状もまずありません。それが大量になったり、大きくなると症状がでます。一般的な症状は腹痛、下痢や排便のパターンの変化、疲労などです。重症化すると、貧血、腸閉塞、黄疸、肝硬変、てんかん、内臓破壊なども起こりうります。サナダ虫に代表される条虫は中間宿主が生活史に必須なので(註4)、生活史のサイクルを断ち切る事により減る傾向にありますが、野菜など経由で経口摂取される蛔虫やヒトからヒトへ感染する蟯虫のような虫は依然として感染率が高い(註5)。蛔虫、線虫、蟯虫などは肉眼でも見えますが、アメーバやラムブル鞭毛虫などの原虫は顕微鏡でないと見えません。ブラジルでは寄生虫に感染する事は恥ずかしい事ではありませんので、上記の症状がある場合は早めに受診しましょう(註6)。
- 註4::サナダ虫の卵をヒトが直接飲み込んでも成長しない。しかし、そのため幼生のまま体内の本来寄生すべきでない部位に定着して弊害をきたす事もある。例:脳内寄生=てんかん。
- 註5:蟯虫は夜間に肛門付近に排卵する、それで痒くなり、掻いた手で他人に移したり自己再感染する。
- 註6:定期健診で検便しているから大丈夫と思っているあなた、そう大丈夫でもないので注意が必要です。定期健診の検便方法ではよほど大量の寄生虫がいない限り、検出されません。