でも、死ななくてもよかったのでは?と 今妊娠しないほうがよい。

By: Kazusei Akiyama, MD


2015年12月

今月のひとりごと:『でも、死ななくてもよかったのでは?』と『今妊娠しないほうがよい。』

先月、毎年恒例の「なにわ会健康座談会」なるもので講演をしたのですが、その時、22人の読者様のうち、お二人が筆者を直接見たいとわざわざお越しいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。有意義な講演であったでしょうか?これで、あと20人お近づきいただけたら読者様全員顔見知りといった計算になりますね。

さて、先日、元横綱の北の湖親方が62歳で急死されました。現行していた九州場所途中の訃報です。謹んでお悔やみ申し上げます。3年前に直腸癌を手術、その後、腎臓を悪くするなど健康上の問題が色々あったようですが、死ぬ前日まで仕事をこなされたそうです。北の湖親方は日本相撲協会の理事長を務められ、相撲業界で続いた八百長問題や麻薬疑惑などの不祥事の粛正に尽力された事は周知のとおりです。

『この話しを聞いてまず思ったのが、「日本的美」の一種の死に方だな。なんと我慢強いのだろう。色んな記事を読むと、ここ数年体調が悪かったそうだが、毎日協会の仕事をし、死ぬ前日も観戦されたそうだ。人間、普通外傷事故でもないかぎり、コロッと死にません(註1)。苦痛を我慢する、人に泣き言を言わない、最後まで責任を全うするなど、日本の文化満載の死に方だと思った。しかし次に頭をよぎったのは、「でも死ななくても済んだのでは?」だな。もちろん親方を診察した訳ではないので、正確な情報ではなく、この話しをネタにした医学的仮定だけど、60歳前で直腸癌(註2)が発見され、3年後にその併発症で死亡に至るのは、発見時点でガンが進んだ状態であった事を示すだろう。この60歳前後での大腸癌発症というのは、昔からあるパターンである。30年ほど前は直腸癌で肛門切除をし、人工肛門の造設が普通であった。そのため人工肛門用装具の開発が盛んであったぞ。この状況が急変したのは、大腸カメラが普及し(註3)、大腸癌の早期発見や予防的措置が可能になったからだな。大腸癌はゆっくり10年ほど時間をかけて悪性化するのがほとんどで、その初期は大概ポリープであるのだ。だから、60歳から10年前、つまり50歳前後で内視鏡検査をしてポリープがあれば、それを切除する事によって、将来のガンを無くす事ができる。ガンに伴う苦痛や入院や治療の費用は多々あるし、仮に手術で命が助かっても、その後の生活の質は明らかに低下するのだ。これを考えると、大腸カメラのコストパフォーマンスはとても高い(註4)。ちゃんとした健康診断メニューには50歳時点で大腸カメラ入ってるぞ!現在、このような医療環境にあるので、なんか納得できない訃報だった。死に様は鏡かもしれないけど、死因は反面教師ではないだろうか?』(註5)

  • 註1:狭義でいうと、外傷でない突然死や重度の心臓麻痺(英語でmassive heart attack)でコロッと逝きますが。この場合はそうでないでしょう。
  • 註2:直腸癌は大腸癌の一種です。
  • 註3:1980年代の話しです。
  • 註4:そのため、大腸カメラ検査は「life saving, cost saving(命を助け、費用を削減)」と言われる。
  • 註5:消化器内視鏡の話しは2015年1月号のひとりごともご参照ください。

今月はもう一つ緊急テーマがあります。ブラジル東北部でZika熱によると思われる小頭症胎児の急増が当地メディアで多数報道されてます。ジカ熱は元々アフリカで発見された(註6)ウイルス性の感染症でかの大陸以外での流行はあまりなかったし(註7)、症状も軽いデング熱程度であまり注目されていなかったのです。しかし、今年の8月頃からブラジル東北地方(ノルデスチ地方)で大量の小頭症出産が報告され(註8)、この現象がジカ熱と関連していると考えられてます(註9)。小頭症は脳の発育が阻害され、赤ちゃんが生まれたとき、頭が通常よりも小さい状態である疾患です(註10、註11)。治療はなく、ほとんどが精神遅滞になります。原因は先天性(遺伝子疾患、註12)と後天性に分かれ、後者の原因は次のようなものがあります:妊娠中の:被爆、水銀など有害化学物質への曝露、薬やアルコールの大量消費、栄養失調、感染症(風疹、水痘、サイトメガロウイルス、など)(註13)。この感染症の内、ジカ熱が初めて報告された訳ですが、今回のような場合、「予防原則」に基づき(註14)、「妊娠延期」勧告がブラジル国保健省より出されました。主にノルデスチ地方の女性に対するものですが、なにせ感染症ですので、サンパウロにも現れる可能性があります。したがって、次の措置が考えられます:

❶既に妊娠している女性:ノルデスチ地方、特にペルナンブッコ州に旅行しない。また、蚊に刺されないようにする(方法はデング熱と同じです、2010年4月号、2014年12月号、2015年5月号のひとりごとをご参照ください)。

❷近々妊娠を考えておられる女性:蚊が媒介するため、蚊の多い夏以降(当地来年の3月以降)の妊娠を勧告。これにより、胎児に影響が出やすい始めの3ヶ月を避けられる。もちろんノルデスチ地方は避ける。

❸妊娠を考えているが、急いでいない(急がなくてもよい)女性:状況がはっきりするまで、避妊を勧告。

『妊婦が蚊に刺されると、赤ちゃんが確実に小頭症になる訳ではないが、いったんなってしまうと一生ついてまわるので(註15)、予防するにこした事はないぞ。』

  • 註6:1947年にウガンダのZikaと呼ばれる熱帯雨林で発見された。正確には黄熱ウイルスやデングウイルスと同じフラビウイルスであり、同じ蚊(Aedes属和名ヤブカ属)を媒介して感染する。
  • 註7:1978年にインドネシアで小流行が報告されており、2007年に太平洋ミクロネシア、2013年にタヒチで大流行があった。
  • 註8:2015/11/17まで、399件。ノルデスチ地方のPernambuco、Sergipe、Rio Grande do Norte、Paraiba、Piaui、Ceara、Bahiaの7州で報告、その内268件がペルナンブッコ州。
  • 註9:出産前のエコー検査で小頭症が確定した2例の羊水からジカウイルスが検出されたため。
  • 註10:通常頭囲は、ブラジルで34cm~37cm。日本人の場合、31cm~35cm。
  • 註11:頭蓋骨の縫合が早期に完成するため頭が小さい疾患も小頭症の一種ではあるが、この場合はそれを指さない。
  • 註12:これは当院で開設した「妊娠前・出生前遺伝カウンセリング」の対象ですな。
  • 註13:問題の妊娠期間は始めの6ヶ月とされている。
  • 註14:英語でPrecautionary Principle。予防措置原則とも呼ばれる。重大かつ不可逆的影響を及ぼす仮説上の恐れがある場合、科学的に因果関係が十分証明されない状態でも規制措置を可能にする考え方。
  • 註15:親が先に死ぬのが自然の摂理です。もし成人した場合、後はだれが面倒みるのですか?