腹が立って…

By: Kazusei Akiyama, MD


2014年06月

今月のひとりごと:『腹が立って…』

「…しようがない」のと「…どうしていいのかわからない」のがワールドカップを前にしたブラジル人の心境ではないでしょうか?というのが今月のひとりごとです。このコラムの22人の読者様の一人に「最近治安が悪くなっている」との指摘があり、これをテーマに風が吹けば桶屋が儲かる式に少し考えてみたいと思います。

『治安が悪くなっているというか、どちらかというと社会全体が暴力的になっているのではないかと思うぞ。ブラジルの80年代は非常に治安が悪化した時代であったが、その時の状況とは違う。かの時期はあまりにも貧富の差が激しく、生活の糧として泥棒するのがもっと頻繁であった。その過程として、暴力が使われた。「泥棒のツールとしての暴力」だな。それから30年以上たった現在では前より貧困層が少なくなっているのは間違いないので、「食べるのに困って泥棒した」パターンは激減したであろう。であれば単純に盗難などが減るはずであるが、そうではないのだな。警察を管轄するサンパウロ州政府の発表では、今年の第1四半期の統計では強盗の件数が32.5%増加したとのことだ。反対に窃盗や単純殺人は現象のトレンドにある(註1)。「暴力のツールとしての泥棒」だな。また、この所頻繁に起こっているlinchamento(リンチ、私刑)は新しい社会現象であり、これも暴力の表現方法だな。私刑は集団暴行の一種だが、「処罰」が関係する(註2)。身内の殺人などもあるぞ。』

このように観ると、暴力の蔓延が起こっているとまでいえるのではないでしょうか?ブラジルだけの社会現象ではないでしょうけど。

『社会人類学にはculture of fear「恐怖の文化」というものがある。現代の西洋社会に存在する現象とされ、単純にいうと「社会の中には常に何かに対する恐怖が存在する」、「そしてそれを経済的利益のため煽る集団がある(註3)」だな。昔からのアメリカの何らかの脅威に対する銃社会や、最近欧州の移民の脅威に対する民族排他的政策の支持が主な例であろう。「それみたことか」的な惨状の報道はメディアの大きな飯の種だし、欧州の例であると、政治的集団が優位を得るための手段であると考えても妥当であろう。ブラジルでは前出の治安悪化に伴い、この恐怖の文化が発展した。この時点から利益が出たのはセキュリティの関連企業だな(註4)。テレビなどは惨状専門番組などを作るまでに至った(註5)。政治の場面で恐怖が明確に表現されたのは2002年の大統領選挙であった。当時野党であった労働者党が政権をとることに対する恐怖を煽るものであったが、その対象であった党が反対に与党になってしつこくこの手段を使用している(註6)。』

「恐怖心を煽る」のはユダヤ教・キリスト教に基づく西洋文化に根強いですね。全能の神様がすべてを視ていて悪い事をしたら罰する文化ですからね~(註7)。恐怖の文化の結果として、個人は不安になり、自信がなくなり、集団生活をしているのに周りに対する疎外感が現れます。そして、自分が住んでいる場所の連帯感がなくなり、猜疑心が高まり、さらに恐怖がひどくなるといった悪循環に至ります(註8)。危険が多い大都会ほどこの状態がひどく、「群衆の中の孤独」といった事になります。不安がつのると、不安神経症に総括される病気になります。不安そのもの、抑うつ状態、パニック、被害妄想、緊張、苦悩、強迫観念、適応障害、不眠などが症状ですね。

『これにさらに三つの状況が重なると思う。一つが今の政権が12年前から煽っている、polarizationつまり政治的と社会的分極化(註9)だな。もう一つが「nova classe media 新中産階級」の借金まみれだと思う(註10)。そして最後に「ウソのつかれすぎ」だろう(註11)。分極化は社会的緊張を高める副作用があるぞ。借金は苦しいぞ。嘘つきは泥棒の始まりというぞ。このような状況で、結局不安は増えるだけだし、なにがなんだかわからないし、だれもこの苦しみを改善してくれないし、で「腹が立つ」ブラジル人ではないのかな?その噴出したものが暴力ではないかと考察する。組織だったものが抗議デモになり、そうでないものがリンチや強盗やムチャクチャな運転になるのではないのかな?』

今年は大統領選挙があるので、まだまだこの構図が続くのが目にみえてます(註12)。不安を煽りたいわけではありませんが、心配ですね。


註1:窃盗は暴行をともわない、例:置き引きやスリ。

註2:当地では司法がちゃんと機能しているとは言いがたい。裁判の判決が出るのに2~30年かかるのなどざらにあるぞ。ので、市民自身が制裁を下す構図があるのでは?あてにしない現れ。また、今の中央政権がこの12年間あらゆる立法機関の否定を実施した末の、司法機関そのものを否定する行為かも知れないぞ。

註3: あるいは「それを煽る事によって経済的利益を得る集団がある」ともいえる。

註4:施錠、柵、アラーム、ガードマン、防弾車、など。

註5:この手の番組は視聴率を稼ぎやすいのだな。

註6:直近の宣伝では、今年の10月の選挙で現大統領を再選しないと社会保障や職を失うぞといった内容。

註7:さらにユダヤ文化化の場合、もっとひどい。ユダヤ人でない母が子供に「おまえが悪い事をしたら、おまえを殺す」と言うに対し、ユダヤ人の母は子供に「おまえが悪い事をしたら、私が自殺する」と言うといった例えがある。すごいプレッシャー!これでは不安神経症になりますな。心理学の始祖はユダヤ人であったことも偶然ではないだろう。

註8:それでもっと引きこもるのですな。ブラジルの場合、高い塀とガードマンに囲まれたコンドミニアムなどに。で、その中でも隣づきあいもしない…

註9:nós contra eles(我々対あいつら)に代表される。

註10:所得分布が改善したため低階層が中産階級になったと喧伝されるが、本当に起こったのは、銀行融資の民主化だけで、融資にアクセスがあるのと購買力があるのはまったく違う。単純な算数が出来ない学歴では金融リテラシーは望めない。ので、喧伝にのせられ、ガンガン買い物をした結果、借金だらけになってしまった。だまされた!と思ってもおかしくないだろう。

註11:現実を曲げられてばかりだと、しまいに正当の概念が瓦解してしまう。

註12:つまり、もっとウソがつかれまくるので。