By: Kazusei Akiyama, MD
2013年08月
今月のひとりごと:『医者までデモせんといかんのかよ。』
寒いですね。昨日サンパウロでは50年前より記録を採るようになってから一番寒い日中でした。気温8度前後の話しで、日本人からみたら別にどうってことのない寒さですが、それは日本でのことですよね。当地では窓やドアからスースー風が入ってきますから、家の中が寒い!脱線してしまいました。
今月は連邦行政府と医者の関係のひとりごとです。行政は6月にあった一連のデモに対する処置の一環にブラジルの医療事情を改善するためMais Médicos(註1)と呼ばれているプログラムを起動しました。これで揉めているところに、11年間議会で議論されて立案された「ブラジル医師法」が一部拒否の状態で大統領府に承認されました(註2)。この2点で両者の関係が最悪になり、医師でもある現職の厚生大臣は医師会や医師評議会よりpersona non grata(註3)であると宣言されるまで至ってます。
『現在の連邦行政が得意な「焦点をそらす」やり方だな。一連のデモはバス運賃の値上げ反対で始まったのだが、あっという間に10万人規模のデモになったのはやはり色々な社会的不満が充満していたからだろう。未だにこの社会現象の理由などについて解析が行われているが、要するに既存の行政方法や政治の仕方にクレームがついたのではないかと愚考する。ワールドカップに伴う巨大な投資が行われているが、それより「教育や医療に予算をまわせ!」や「FIFAが要求し、政府が出来るといっている興行の国際的基準を教育や医療にするほうが重要だろう」などがあった。無駄遣いをするな、物事の質を上げろといったところだろう(註4)。これらの要求に対して、大量の医者を無医村に投入するといった焦点ぼけ政策が打ち出されたのだな。何もないところに医者が一人でいっても出来ることはほとんど無いのに… もちろん、1万人単位の無職の医者がいるわけでないので、外国から必要分、正式な手続きをふまずに輸入する(註5)のだそうだ。それをすると数ヶ月後から始めたい医師の大量投入に間に合わないので省くといった乱暴な政策なのだ(註6)。ブラジルらしいといえばそうかもしれない。都会の郊外はともかく、田舎町が公募する医者の給料は元々悪くない(註7)。ただし、額面どおり支払われなかったり、労働条件が提示されたものと全然ちがったりで短期間で辞職するケースが多いのだ(註8)。あるいは、人数が少なく、労働過剰のため過労で倒れたりする。インフラやシステム投資がきちんとされなく何十年も放置されていた医療現場が手品のように良くなる訳がないのだな。また、医療はゆきとどくのも重要だが、それが質の高いもの(註9)でないとダメだろう(註10)。この様な環境におかれているブラジルの医者は今回の「医療政策がうまくいってないのは医者不足であるから」という行政のウソにかなり頭に来たのだな。7月3日にサンパウロの主要道路、パウリスタ通りで史上最高の5000人ほど医者のデモがあったのはこのような背景があったのだ。筆者も参加したぞ(註11)。教授級も結構いたのが印象深かった。』
このコラムの22人の読者様の生活圏にはあまり関係のない事情だと思いますが、現在以上のような事が起こっているのです。そのため、医者全般があまり嬉しくない状況におかれているのではないかと思います。こんなムチャな政策、上手くいく訳がないのですが、はたして本当に実行した場合、近い将来と遠い未来にツケがくるので心配ですね。
註1:直訳すると「もっと医者を」。筆者の意訳は「なんでもいいからとにかく医者を」だな。ポイントは3点あり、1万レアル/月の奨学金で地方や大都会の郊外で仕事をする医師の募集、数年以内で100校以上医科大学を創立させ医師数を増やす、2022年頃より医学部卒を2年間強制的に地方で医療をさせる、です。
註2:この法案の一番の特徴である、診断や治療など医師の業務に関する肝心なところが削除されたので、意味のない法律になってしまった。
註3:歓迎せざる人物の意のラテン語。
註4:それ以外に多かったのが、汚職反対、特に政治家や特権階級の。
註5:正規の手続きは「外国で医学部を卒業した者は、ブラジル国内で一定の研修をした後、Revalidaと呼ばれる試験に合格しないと医業に携われない。」合格率は恐ろしく低い… 2010年で0.3%、2011年で9.6%、2012年で8.4%であった。早い話、ブラジルに来たい、あるいは帰りたい、外国で卒業した医者は程度が低いのだな。
註6:実はこれには一つ隠れた理由があるようだ。10年前よりの労働者党政権が推奨して党員をキューバの医学校に数百人単位で送り出しているが、一般的な西洋医学の医学校と違うためRevalidaの対象にならないらしい。ので帰って来ても医者になれない。それで今回のどさくさに紛れて帰国させる。
註7:月給2万レアル前後なんかざらであるぞ。
註8:要するにだまされる訳ですな。
註9:百歩譲って、ある一定以上の質。
註10:その点はMais Médicosは量の事を言っているのであって、質については何もいってない。つまりMelhores Médicos政策ではないのだな。
註11:ごめんなさい、夕方のラッシュ時に交通マヒにさせてしまって。